『カセットテープ・ダイアリーズ』が響かせ続ける“音楽の素晴らしさ” 人生を変える劇的な傑作

劇的な傑作『カセットテープ・ダイアリーズ』

 人気漫画『宇宙兄弟』に、こんなセリフがある。「今『自分の居場所がない』と強く感じていて、小さな世界に閉じこもっている人がいたら、聞いてください。それこそが、外に飛び出す原動力です」――。人は皆、生きる環境を選べない。ただ、逆境をエネルギーに変え、羽ばたける可能性は、常に在る。

 状況を打破するために必要なもの。信念。それを生み出すもの。夢。「夢」は「可能性」と同じく、状況や環境に関係なく生まれてくる。そして、悩む心や立ち止まる背中を、そっと押す。映画『リトル・ダンサー』や『シング・ストリート 未来へのうた』で描かれたのは、夢を持った若者が自らの世界を押し広げていく姿だ。それは純粋で、気高い。だからこそ、多くの観客の心に響き、今日に至るまで強く鼓舞してきた。

 そして――。ここにまた一つ「夢が人生を変える」傑作が誕生した。『ベッカムに恋して』の名匠グリンダ・チャーダの最新監督作『カセットテープ・ダイアリーズ』だ。

1人の少年を突き動かす“劇的な体験”

 舞台は1987年のイギリス。パキスタン移民の高校生ジャベド(ヴィヴェイク・カルラ)は、物書きになる夢を持っていたが、封建的な父親にかけられる重圧や、町の人々から向けられる偏見を覆せないでいた。そんなある日、彼は同級生からカセットテープを渡される。中に入っていたのは、米国の伝説的シンガー、ブルース・スプリングスティーンの音楽。彼の楽曲に触れた途端、ジャベドの“世界”は一変する。詩が、メロディが、身体中に流れ込み、勇気へと変換されていく。そして彼は、自らの目標のため、立ち上がるのだった。

 バレー漫画『ハイキュー!!』では、夢に打ち込めるかどうかを「“その瞬間”が有るか、無いかだ」と表現しているが、『カセットテープ・ダイアリーズ』の中にも確かに、1人の少年を突き動かす“劇的な体験”が存在する。「再生」ボタンを押した刹那、ジャベドの周囲をスプリングスティーンの歌詞が巡り、差別主義者に追い回された通りの壁には彼のメッセージが映し出され、文字通り音楽が現実をコーティングしていく。

 腐った現実を上書きし、くすぶっていた心を着火し、「作家になる」という淡い夢を「叶えるべき目標」へと変える“音楽の素晴らしさ”。チャーダ監督は、観る者の心をも湧き立たせるエモーショナルなシーンを、「歌詞が木枯らしのように舞う」「プロジェクションマッピング的に投影」といったアプローチで、視覚的かつセンス豊かに表現している。

 家を飛び出し、嵐の中を走り出すジャベドを映したショットの解放感たるや! そうだ、これこそが、人生を捧ぐべき“夢”に出会ったすべての人が経験した「高揚」。魂のBPMを加速させる邂逅。こうなってしまったらもう、「外野はすっこんでろ」だ。走り出した夢は、誰にも止められない。

 教師に自作の詩を提出し、新聞部に通い詰め、夢に近づこうと奮闘するジャベド。彼の熱意に、周囲も少しずつ動かされていく。持ち前の文才に火が付き、生きる理由を見つけたジャベドは、“最大の敵”である父をどう攻略していくのか?

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