『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が象徴していたハリウッド大作人気 当時の熱狂を振り返る

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が象徴していたハリウッド大作人気 当時の熱狂を振り返る

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズは、長きにわたって本当に多くのファンに愛されている作品です。最近また劇場で公開されたりTV放送されたりしているので、その面白さにまた気づかされた人、初めてこの作品たちに触れて好きになったという人もいるでしょう。今年は1作目公開から35周年のメモリアルイヤーということもあって、この先様々な企画やグッズなどがまた出回るかもしれません。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズがどれだけ素晴らしい作品かについては、すでに沢山の映画ファンや批評家の方たちが語りつくしていますが、ここでは改めて、“なぜこのシリーズがここまで愛されているのか?”、そして本日6月19日放送のシリーズ2作目『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』の見どころについて僕なりに書いてみたいと思います。僕自身、全作品日本初公開時に立ち会えた身なので、その時の熱気などを交えながら振り返ってみます。

 まず、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズとはどういうシリーズなのか? これはタイムトラベルを扱った青春コメディ。1作目は高校生のマーティが、友人のドクが作ったタイムマシン「デロリアン」で30年前にタイムスリップ。マーティはそこで若き日の父と母と出会います。2人はまだ付き合う前ですが、なんと母はマーティ(つまり将来生まれてくる自分の息子)に恋をしてしまう。父と母が歴史どおり結婚してくれないとマーティは生まれない! つまり消滅してしまいます。マーティはなんとか2人を結婚させようとしますが、そこにマクフライ家の宿敵ともいうべき不良(いじめっ子)のビフ・タネンが絡んできて……というようなお話です。1985年夏にアメリカで公開され、空前の大ヒットとなりました。

 日本で封切られたのは同年の12月。当時はアメリカで夏にヒットした映画が日本ではクリスマス・正月映画として公開されるというパターンが多かった。だからアメリカで大ヒットしたすごい映画がやってくる! みたいな感じでワクワクしながら待つわけです。そして、洋画がとても人気でした。今でこそ邦画と洋画の人気は拮抗していますが、80年代はハリウッド大作がとにかく興行界の華。加えてスティーヴン・スピルバーグの人気が日本でも高かった。1982年に『ET』、1984年に『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』と大ヒット作が続き、スピルバーグといえば大作・面白いというイメージ。スターではなく、クリエイターの名がブランド化していたのです。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は監督作ではなく彼が製作総指揮を務めた作品ですが、スピルバーグの名がフィーチャーされていました。たしか、予告編とかのあおりコピーは「スピルバーグがまたやった!」だったと思います。またまたスピルバーグが大ヒット映画を作った、という意味ですね。なお1985年の日本におけるクリスマス・正月映画の本命は、これまたスピルバーグ製作総指揮の『グーニーズ』でした(この作品もファンが多い)。

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は日本でも大ヒット作になりましたが、ではなぜ35年もの間、愛され続ける名作になったのか? あえて言いますが、その時その時代は、大ヒットしたけれど忘れ去られていく作品というのも少なくありません。しかし『バック・トゥ・ザ・フューチャー』はそうではなかった。その理由はとてもシンプルで(笑)、この作品が“面白いから”です。

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