志村けんさんと映画の深い繋がり サイレント映画をテレビで再構築した最後の芸人に
「抑制した無駄のない動きと表情が素晴らしい。こうした特別出演のシーンは、そこだけ雰囲気が変わってしまったり、悪目立ちすることが多いのですが、志村さんは自身の存在感も示しつつ、周囲と調和した見事な演技の均衡を作り上げています。公開当時、これから俳優業を増やしてくれないものかと思ったものです。これは想像ですが、志村さんは同じく高倉健さんが主演した山田洋次監督の『幸福の黄色いハンカチ』(1977年)のあるシーンが脳裏にあったのではないかという気がします。それは、チンピラのたこ八郎に因縁をつけられた武田鉄矢を健さんが助ける場面です。たこ八郎さんは、元ボクサーだけあって俊敏な動きで殴ったり、殴られたりするんですが、車のボンネットに顔を叩きつけられるときも自分から頭を激しくぶつけてリアクションを取っていて、コメディアンとしてのたこ八郎の見事さを感じることができます。それでいて悪目立ちしていない。前述したように研究熱心な志村さんは、この場面を参考にしつつ自分なりの演技プランを考えたのではないでしょうか」
志村さんは、山田洋次監督作『キネマの神様』で映画初主演を務めることが決まっていた。その演技を観ることができなくなったことが残念でならないと吉田氏は続ける。
「『キネマの神様』の出演は突然という感じがしますが、ここ数年、志村さんはナンセンスに殉じる“生涯一コメディアン”から、“喜劇俳優”としての変化を模索していた気がします。NHKの『となりのシムラ』シリーズや、同局の『志村けん in 探偵佐平60歳』はドラマとコントを融合させた等身大のキャラクターで、硬軟自在な演技を次々に見せてくれました。山田監督もこのあたりの番組の演技力を買ったのではないでしょうか。おそらく、晩年の渥美清さんにも近い、年齢を重ねた味わい深い存在感と、爆発的なおかしさを併せ持った演技を見せてくれたのではないかという気がします。それにしても実現していれば、ハナ肇、なべおさみ、渥美清といった山田洋次作品を彩ってきた喜劇人たちの系譜に志村さんも加わっていただけに、その寸前に亡くなられたのは悔やんでも悔やみきれません。言っても仕方のないことですが、もう10年前に喜劇俳優としての活動を始めていてくれれば……と思ってしまうのですが、慎重な志村さんのことですから、従来の活動も行った上で新たな挑戦ということだったでしょうし、NHKの番組の手応えを踏まえてのことだったのではないかと思います。次の大きな可能性を残したまま亡くなられたことで、いっそう忘れられない存在になったのではないでしょうか」
当たり前のようにその活躍を見ることができた存在が、突然いなくなってしまう事実に、大きな喪失感を持った方は多いと思う。志村さんの出演作を振り返りながら、哀悼の意を捧げたい。