モトーラ世理奈、世界を反射する映画旅 『風の電話』『恋恋豆花』対照的な2作品で見せる表現力

モトーラ世理奈、世界を反射する映画旅

 諏訪監督は述懐する。『風の電話』オーディションの際、「最初に会った時にもう決まったという感じですね(笑)。僕の中ではもうはっきりとこの人こそハルだと思った」。女優と役の運命の出会いというものはこんなにあっけないもので、理由を欠いた直感と偶然の産物なのだろう。『少女邂逅』(2018年/枝優花監督)で映画初主演してから、モトーラ世理奈の女優人生はまだ始まったばかりだ。現在21歳。高校1年生の時に原宿でスカウトされてモデルの道へ。雑誌「装苑」でデビュー。同誌の専属モデルとして圧倒的な存在感を誇示していく。2016年、RADWIMPSのアルバム『人間開花』のジャケットビジュアルに抜擢された。

 2018年にパリ・コレクションでもデビューを果たした時、一度見たら忘れられない圧倒的存在感は、女優という未経験の表現ジャンルへの道しるべとなった。見た目のインパクトもさることながら、内面から沸き上がってくるものを表現するという気質を、彼女は確固として持つ。写真という表現に魅了され続けてきた。小学生の時に祖父が貸してくれたカメラが、彼女の目を啓いた。以来、シャッターを切り続けるのは、「自分の感性や考えていることをビジュアルとして表現できる」(http://soen.tokyo/culture/feature/serena180528.html)ためだ。2018年5月から「装苑ONLINE」に隔月で連載されてきた彼女のフォトダイアリー「色の記憶」は、彼女の多忙を理由に2020年1月をもって休載が発表された。「装苑」モデルとしての活動は継続されるが、「色の記憶」は「ご本人がアップしたい!と思える写真が揃った際に再開することになりました。」(http://soen.tokyo/culture/feature/ironokioku190110.html

『映画『風の電話』──三浦友和、西島秀俊が語るモトーラ世理奈と映画の魅力』より

 まずはカメラを握ることによって育まれた彼女の「自分の感性や考えていることをビジュアルとして表現」したいという志向はいま、演技という困難かつ深遠な行旅へと出て行った。その行旅に終わりはない。『風の電話』『恋恋豆花』の両作は、それじたいが素晴らしい2020年初頭を飾る日本映画の傑作としてありつつも、モトーラ世理奈というあらたな才能の誕生の瞬間を1コマ1コマとらえたドキュメントとしても、ある。彼女は、ある時はハルという名のさまよえる震災孤児であり、またある時は継母と共に台湾でスイーツを頬ばる菜央という名のツーリストでもある。そしてその役柄の下部構造に、彼女の「感性や考えていること」が脈々と巡っている。巡りながら、変わっていく。あらたなハルが、あらたな菜央がそのつどそのつど発明され直す。そもそも『風の電話』はハルだとされてきたが、彼女自身が、旅のサンチョ・パンサ的同伴者・森尾(西島秀俊)に別れ際、「本当は私の名前はハルではない」と悪戯っぽく告げるのだ。「本当の名前はハルじゃなくてハルカ。春が香るって書いて」とハルは森尾に言ってのける。そうやってあっさりとアイデンティティが変容し、時間と物語が更新されていく。モトーラ世理奈の唯一無二の身体に導かれて、私たちの眼もあらたな世界を発見する。

 最後に、『風の電話』で共演した大俳優・西田敏行が彼女について語った言葉を紹介しよう。それは最大限の讃辞であり、西田自身が長年にわたって歩んできたこの芸能界という魔境であらたなダイヤモンドを発見した、という歓喜の吐露である。大御所にここまで言わせる新人は、ちょっと他にいない。

「若い女優さんなのに、遠くを見つめられる。しかも、真実をきいッと見つめられる眼ぢからの強い表現者に出会ったのは初めて。眼と眼が合うと、しっかりと見透かされるような恐怖と悦びが相混ざっている体験をしましたね。すごい表現者が出てきたぞと思ったし、これから世理奈ちゃんがどういうふうに大きくなっていくのか、もっとこの人のいろんな作品を見てみたくなりました」

『風の電話』(c)2020 映画「風の電話」製作委員会

註:文中で引用したコメントは、引用元を明記した箇所以外はすべて、本記事の著者が作・演出としてかかわり、1月に放送されたテレビ東京の番組『映画『風の電話』──三浦友和、西島秀俊が語るモトーラ世理奈と映画の魅力』の撮影時に収録したコメントより使用。

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。
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■公開情報
『風の電話』
全国公開中
監督:諏訪敦彦
出演:モトーラ世理奈、西島秀俊、三浦友和、西田敏行
配給:ブロードメディア・スタジオ
(c)2020 映画「風の電話」製作委員会
公式サイト:http://kazenodenwa.com/

『恋恋豆花』
2月22日(土)より、新宿 K’s cinemaほか全国順次公開
監督・脚本:今関あきよし
出演:モトーラ世理奈、大島葉子、利重剛、椎名鯛造ほか
配給:アイエス・フィールド
(c)映画「恋恋豆花」製作委員会
公式サイト:http://is-field.com/renren/index.html

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