『スカーレット』喜美子の中に宿る“剛と柔” これまでの朝ドラヒロインとは異なる複雑な内面性

『スカーレット』喜美子の中に宿る“剛と柔”

 だがしかし、喜美子はただの「いい子ちゃん」でなく、いつでも「剛」の部分がひょっこりと顔を出す。陶芸に出会い、八郎との恋愛がはじまったとき、創作の業と同時に、喜美子の女としてのエゴがむくむくと湧き上がる様がグロテスクだった。結婚から9年が経った今は、「ハチさんに素晴らしい作品を作ってほしい。そのために私は何をすべきか」という「柔」の思いが起点だったのにもかかわらず、「こうあるべき」を無自覚のうちに相手に強いる「剛」の部分が現れ出ている。「剛」と「柔」が拮抗し、ねじれ、絡まり、八郎と、そして喜美子自身の首を真綿で絞めていくような心理描写がヘヴィだ。

 前述のとおり、このところの『スカーレット』は内面描写が多く、ながら見でサラッと観れば「動きがない」と見誤りそうなシーンの連続だ。しかし、喜美子の心の中では大波がうねり、飛沫を上げ、革命が起こっている。こんな高度な芝居を要する作劇に全身全霊で対峙し、「余すところなく」どころか想定を凌駕して応えてくる戸田恵梨香の演技が白眉だ。これまで、劇伴も台詞もナレーションもいっさいなし、数十秒間無音のまま、ただひたすら喜美子が作品に向かうというシーンが何度となく登場したが、この“試練”に耐えうる俳優はそういない。喜美子という人物は間違いなく戸田恵梨香だから成し得た役柄だろう。

 番組の放送開始前、荒木荘編を撮り始めたころのインタビューで戸田恵梨香は、役柄について問われ「この当時(昭和20年代後半)の平均的な15歳より少し子供っぽく、喜美子という人物を『作って』いる」と答えていた。この「作る」の意味するところが、「女優が楽屋に籠って役作りする」というたぐいの表層的なものではなく、脚本・演出・演者がひとつの哲学のもとリアリティを追求し、より高みを目指して物語と人物を造形していくことなのではないかと感じさせた。俳優・戸田恵梨香が、喜美子という人物を芯から理解し体得していることを、彼女の姿勢と話しぶりが予感させた。放送が始まり、その予感は確かな実感へと変わった。

 生きていると、こういう「ご褒美」みたいなドラマに何度か出会う。物語の中に魔法使いは登場しないが、私たちはこのとてつもない映像表現の高まりという「奇跡」を毎日見せられている。喜美子の人生修行はここからが本番。しかと行く末を見守りたい。

■佐野華英
ライター/編集者/タンブリング・ダイス代表。エンタメ全般。『ぼくらが愛したカーネーション』(高文研)、『連続テレビ小説読本』(洋泉社)など、朝ドラ関連の本も多く手がける。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『スカーレット』
NHK総合にて、2019年9月30日(月)〜2020年3月放送予定
出演:戸田恵梨香、富田靖子、大島優子、林遣都、福田麻由子、黒島結菜、本田大輔 ほか
脚本:水橋文美江
制作統括:内田ゆき
プロデューサー:長谷知記
演出:中島由貴、佐藤譲
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/scarlet/

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