『映画ドラえもん』節目の2020年、なぜテーマは「恐竜」? 藤子スピリッツ継承のための試行錯誤の歴史

2020年版『映画ドラえもん 』のテーマを解説

 つまりは2005年以降の新体制においては、藤子スピリッツの継承という至上命題のもとに、既存の物語を様々な監督・脚本家の手によって再構築を繰り返していくことで、いかにして『ドラえもん』という作品を守り続けるかという模索と、次の世代に向けた新しいものをどのように作っていくのかという模索が同時に続けられてきたといってもいいだろう。誰か特定の作り手のみに固定してしまうと、その作り手の色が強まってしまう。同じようなパターンは東宝のもうひとつの定番シリーズである『映画クレヨンしんちゃん』にも言えることだ。作品の生みの親がいない以上、長年守られ続けてきた世界観を維持するためには、何人もの作り手によって互いに交代して作っていく必要がでてくる。それぞれがリカバーし合いながら、少しずつでも求められる形へと修正を加えていく。そして同時に、誰かが欠けても存続ができるようにしていく。

 たとえば監督陣でみてみると、渡辺歩と腰繁男、大杉宣弘は旧シリーズに参加していた面々。寺本幸代と楠葉宏三、八鍬新之介は新シリーズから参加した面々。そして脚本家にはシンエイ動画時代に藤子作品を手掛けていたミステリー作家の真保裕一や、新シリーズから加わった大野木寛、清水東と、新体制後の10年間は新旧スタッフが入り交った、完全なる移行期間という名の模索期間が続いたことがわかる。その期間も安定した興行成績を保つことで“春休み=ドラえもん”というブランド価値を守り続けながら、作品の内面ではリメイクや再構築に時折オリジナル作品を挟むことで新しい世代に向けた新鮮味を作り出すことも忘れずに行ってきたわけだ。

『映画ドラえもん のび太の月面探査記』(c) 藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2019

 それを重ねていくうちに大長編時代の安定感が、興行面だけでなく内面にも現れはじめる。そして同時に、声優交代後の世界観をなかなか受け入れることができなかった旧世代にも徐々に受け入れられる『ドラえもん』へと戻ってくることに成功し、ジブリ出身の高橋敦史が監督・脚本を務めた『南極カチコチ大冒険』でアニメーションとしての完成度をより高めると、仕上げとして大の藤子ファンとして知られる辻村深月の脚本による『月面探査記』で藤子エッセンスの微調整が行われたのだ。こうして一連のテコ入れは、あまりにも長い時間がかかったように見えて、実はこのメモリアルイヤーを狙い撃ちしていたのかもしれない(もしかしたら当初は2019年か2020年かどちらかという選択肢があったのだろうが)。

 もちろん『のび太の宝島』で脚本家デビューを飾った川村元気もまた、大長編時代の『ドラえもん』を観て育った世代であり、藤子を最も尊敬している作家と公言しているほどの人物だ。それでいて、プロデューサーとして数多くのヒット作を生みだしてきたネームバリューも掛け算されたことで、『のび太の宝島』は9億円以上の興収を上乗せする大ブーストがかかり、シリーズ初の50億円台作品へと上り詰めた。それだけに、今回の再起用はメモリアルイヤーにふさわしい抜擢であるといえるだろう。最新作から再び始まる『ドラえもん』の新たな時代には、“少し・藤子”だったこれまでから、“すごく・藤子”なものへとよりポジティブに模索が続けられていくに違いない。

■久保田和馬
1989年生まれ。映画ライター/評論・研究。好きな映画監督はアラン・レネ、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■公開情報
『映画ドラえもん のび太の新恐竜』
2020年3月公開
原作:藤子・F・不二雄
監督:今井一暁
脚本:川村元気
声の出演:水田わさび、大原めぐみ、かかずゆみ、木村昴、関智一
(c)藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2020
公式サイト:https://doraeiga.com/2020/

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