安達奈緒子の3作品が高評価! “日常系”が増え始めた2019年を振り返るドラマ評論家座談会【前編】

2019年ドラマ評論家座談会【前編】

 2019年も、各局、各配信サービス等から多種多様なドラマが放送された。リアルサウンド映画部では、1年を振り返るために、レギュラー執筆陣より、ドラマ評論家の成馬零一氏、ライターの西森路代氏、田幸和歌子氏を迎えて、座談会を開催。前編では、今年『きのう何食べた?』『サギデカ』『G線上のあなたと私』という3本の作品を送り出した脚本家の安達奈緒子の作家性に注目。さらに、YouTubeからの影響を感じさせるテレビ東京の深夜ドラマや、『あなたの番です』のヒットとともに定着した「考察」というドラマの新たな楽しみ方から、2019年の日本のドラマシーンについて語り合った。

 なお、後日公開予定の後編では、ドラマにおける男女の描き方や、『わたし、定時で帰ります。』などのお仕事ドラマにおける価値観の衝突、そしてNHK朝ドラについて語っている。 

2019年は安達奈緒子の年

ーーまずみなさんの2019年のドラマベストから教えてください。

成馬零一(以下、成馬):僕は1位が『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』(NHK総合)と『本気のしるし』(メ~テレ)です。3位以降が『全裸監督』(Netflix)、『きのう何食べた?』(テレビ東京系)、『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』(NHK総合)。民放のドラマが1本もなくてNHK、メ~テレ、Netflix、テレ東深夜、NHK(深夜)という並びなのが自分でも驚きで。今年はテレビドラマ全体が多様になっているという印象ですね。中でも『いだてん』はドラマ史におけるひとつの到達点です。視聴率的には失敗作という扱いを受けるかもしれませんが、歴史には残る作品だと思います。

西森路代(以下、西森):私も『いだてん』を挙げたいです。そのほかの1クールの作品で、本当にぐっときた作品というと、『サギデカ』(NHK総合)ですね。今年は詐欺のことを1年考えていた感じで、5話という短い中でも一番セリフやシーンに泣かされました。10月期の『俺の話は長い』(日本テレビ系)や『G線上のあなたと私』(TBS系)もすごく見応えがありましたね。

『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』(写真提供=NHK)

田幸和歌子(以下、田幸):私は、今の時代にフィットした連ドラの作り方だと感じた『凪のお暇』(TBS系)です。今、なかなか1時間しっかりドラマに向き合う人がいなくなっていると思うんです。その中で『凪のお暇』は、途中でスマホをいじったり退屈させたりしないような密度とテンポ感・スピード感で進んでいった。すごいと思ったのは、第1話のラストの高橋一生さんの号泣シーン。それまで、慎二がすごいモラハラ男で視聴者がどんどん引いていったのに、ラストの号泣を見て継続視聴を決定した人はすごく多かったのではないでしょうか。今ってシリアスな展開や不快感を次回に持ち越せなくて、それが続くと視聴者が離れていってしまう。そのシリアスとコミカルの絶妙なバランスは、『まんぷく』(NHK総合)にも感じました。また、1年を通してはやっぱり安達奈緒子さんの年だなと。『きのう何食べた?』『サギデカ』『G線上のあなたと私』全部素晴らしくて、このクオリティのものを1年に3本ってすごいなと。

成馬:安達さんの作品は2011年の『大切なことはすべて君が教えてくれた』(フジテレビ系)の頃から優れた脚本家だと思っていたのですが、去年の『透明なゆりかご』(NHK総合)でやっと作家性が認知されるようになって、ご本人も書きやすくなったところがあるのではないかと思います。フジテレビの月9で『リッチマン、プアウーマン』や『失恋ショコラティエ』を書いていた時のほうが商業性と作家性がせめぎ合うスリリングな作品が多くて見応えがあったのですが、どうしても「お仕事モノ」と「恋愛ドラマ」という月9ドラマとしての側面にばかりに注目がいきがちで、安達さんの作家性はなかなか見てもらえなかった。安達さんは『コード・ブルー』も手がけたフジテレビの増本淳プロデューサーと一緒に作ることが多かったのですが(編集部注:現在はフジテレビを退職)、彼女の作風はすごく真面目で、「恋愛とは何か」「仕事とは何か」といったテーマを徹底的に考え抜いて作るため、月9で書くと異物感が強すぎたのかもしれません。

田幸:もともと原作のアレンジがお上手な方だとは思っていましたが、オリジナルの『サギデカ』もすごくよかったですね。取材もかなりされていて、膨大な資料から全5回という短い中ですっきりまとめていた。中でも加害者の心情を描いたところがリアルでした。

西森:同じく詐欺を題材にした『スカム』(MBS・TBS系)も楽しみに見ていて、こっちはシニカルな目線もあり、エンターテインメントとして完成しているところが良かったんですが、『サギデカ』は、詐欺被害者の顔が見えるところがよかったですね。そこは『詐欺の子』(NHK総合)にもつながるところがありました。

成馬:僕は『スカム』のほうが突き抜けていると思いました。『サギデカ』は取材もしていて全方位的に配慮されているのですが、NHKということもあってか、どこか忖度しているような印象を感じて。対して『スカム』は、今の40代から下の世代が持っている高齢者世代への憎悪みたいなものを身も蓋もなく描いていて、地上波で放送できるギリギリのラインを攻めていたと思います。だからある世代の憤りの象徴として機能していたんじゃないかと。

――『きのう何食べた?』は原作も人気で、ドラマ化が発表された時はかなりざわざわしていましたが、結果かなり高評価でしたね。

田幸:本当に職人芸ですよね。原作では別々のエピソードのつなげ方に驚きました。

成馬:『G線上のあなたと私』の漫画版は全4巻と短いため、ドラマ版オリジナルの要素も多いんですよね。桜井ユキが演じる眞於先生も、原作ではそんなにフィーチャーされてないんだけど、ドラマでは存在感があって、途中で也映子(波瑠)との対立が描かれていたのが面白かったです。安達さんの作家性は「対立」が描けるところにあると思っていて。人と人との価値観の衝突でドラマを作っていくという、最近では珍しいタイプの作家かもしれません。

田幸:対立もあるけど、収まるところに収まる感じもあって安心して見れるんですよね。幸恵さん(松下由樹)とお姑さんの関係も、一方的ではない描き方がよかったです。

成馬:逆の解釈になりますが、『きのう何食べた?』のゲイカップルとして登場するヨシくん(正名僕蔵)・テツさん(菅原大吉)。テツさんが「歯を食いしばって貯めた金を、田舎の両親にビタ一文渡したくない」というセリフはすごいなと思いましたね。

田幸:原作だともっとさらっと言うんですが、ドラマではウェットに描いている印象でした。

成馬:『きのう何食べた?』は15巻まであるので、原作からどこを抽出して今の物語に落としこんでいくかという取捨選択が成功の鍵だったと思うのですが、余計なことは一切しないで、ちゃんと原作の良さをドラマに落としこんでいました。何より、よしながふみさんと安達さんが作家として相性がよかったのだと思います。また、個人的には、世間から40代独身男性がどう見られてるかというのがすごくリアルに描かれていると感じましたね。西島秀俊演じるシロさんが、容姿端麗の独身弁護士という設定だから、「あの年であんなの気持ち悪い」と言われたり、部下の女の子に「彼氏いるの?」とうっかり聞いてセクハラ扱いされる。実家の両親との親子関係も含めて、40代独身男性のリアルを感じました。

映画・ドラマで今年計6本の作品を手がけた岡田惠和

――他に今年注目した脚本家はいますか?

田幸:岡田惠和さんもドラマ・映画とたくさん脚本を書かれていましたね。中でも『少年寅次郎』(NHK総合)がとてもよかったです。原作(山田洋次『悪童 小説 寅次郎の告白』)にある父親に対する憎しみみたいなものは序盤ではだいぶ減っていると感じましたが、誰もが知っている寅さんの育った背景が見えるエピソードゼロ的な作品でした。ドラマは子役からスタートしていることもあって、最初は父親に対してあまり敵意をむき出しにしておらず、お母さんの愛に包まれてるからこそお父さんの罵詈雑言も受け流せるんですが、大人になって変わっていく。そのまま優しい世界でいくのかなと思ったら、産みのお母さんを登場させて、そのやるせない思いなどを知ったことで、父親に対して憎しみを剥き出しにするようになる。少年ではなく「男」の顔になっていく際の心情の変化の描き方が岡田さんらしいなと思いました。

成馬:岡田さんの作品は毎回面白いのですが、過去作の反復にみえてしまうのが複雑なところですね。『少年寅次郎』は『ひよっこ』(NHK総合)の延長上で作られている人情喜劇、『セミオトコ』は『南くんの恋人』(ともにテレビ朝日系)の頃からやってきたファンタジーテイストのキャラクタードラマ、『そして、生きる』(WOWOW)は『若者のすべて』(フジテレビ系)以降の山田太一の影響下にあるシリアスな群像劇で、どの作品も面白い。ただ、どうしても『ひよっこ』を思い出してしまう。それぞれの作品に『ひよっこ』関連の人が出ていて、「劇団ひよっこ」感があるのは、ファンとしては嬉しいんですけど……。

田幸:何を題材にしても“岡田ワールド”になりますよね。それがが好きな人は絶対どれも好きだと思うんですけど、入ってこれない人もいるのかもしれない。『セミオトコ』は視聴率の悪さばかりがニュースになっていて残念でしたが、岡田さんは、大きなことは起こらない日常を書くのがすごく魅力的なんですよね。そういう日常系のドラマは増えているし、テレビ局のプロデューサーや視聴者にも、そういうものを求めている人は一定数いると思います。

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