『チェルノブイリ』など人気海外ドラマを手がけるスターチャンネル制作陣が語る、吹替版をめぐる状況

「台詞のリアリティを大事にする現場が増えてきている」

――実際の収録は、かなり大変だったとか?

久保:いや、大変でした(笑)。毎回異様な緊張感の中で、アフレコをやっていましたね。リアリティを大事にするために、なるべく声を張らないで、抑えて抑えてって声優さんにお願いするんですけど、どうしても声を張ってしまう。人によっては、やっぱりお芝居したくなっちゃうんですよね。特に、自分の見せ場だったりすると。その気持ちはもちろんわかるし、そういう芝居もいいんですけど、今回はそれとは別にもう一個、抑えたバージョンも録ってみましょうかって言いながら(笑)。すべての台詞を3回以上は録っているんじゃないですかね。それぐらい努力したし、大変な作業でした。

ーーなるほど。

久保:ただ、最近は台詞のリアリティを大事にする現場が増えてきているというのは、声優さんたちも言っていましたね。これは聞いた話ですが、ハリウッド映画でも活躍されている日本人俳優もおっしゃっていたそうです。できるだけ小さい声で芝居することを求められる現場が多くなってきたと。

上原:そうするとやっぱり役者としては力を入れて演技をしたくなってしまうらしいんですけど、監督から「なるべく演技しないでくれ」と言われるらしくて。だから、吹き替えだけではなく、演技全般が抑える方向に向かっていて、それが“リアリティ”ということなのかなと思ったりして。

久保:リアルにやろうとすると、声のトーンも、これまでの半分ぐらいでやってくださいということになる。確かに今の海外ドラマの台詞って、コメディとかは別ですけど、「これ、聴こえてるのかな?」っていうぐらい小さい声でしゃべっていたりするんです。それは、音響面の進化も関係しているのかもしれないですね。昔はテレビのスピーカーの性能もあまり良くなかったので、どの家庭のテレビでもちゃんと聴こえるように、吹替版は張り目の声でやっていたところもあったと思います。

――確かにそうかもしれないですね。

久保:東北新社の創業者である植村伴次郎が吹替版を作るひとつの指針として、「襖を隔てて、となりの部屋にテレビがある。そこでやっているのが、日本のドラマなのかと思って見たら、外国のドラマだった。そういうものを目指そう」っていうのがあるんです。でも、今はとなりの部屋で聴いていても、「あ、これは吹き替えだな」ってわかってしまう。だから、原点回帰としてもう一度吹き替えについて考えるべきなんじゃないかと思いました。

――今の話と関連するかもしれませんが、吹替版をめぐる状況は、ここ10数年でだいぶ変わってきたと思います。アニメを中心に、声優という仕事が注目されるようになったり、今は敢えて吹き替えで楽しむという人も多くなっているのでは?

久保:確かにそうかもしれないですね。僕が若い頃は、レンタルビデオでも、字幕版がほとんどを占めていて、吹替版が一本か二本並んでいるぐらいだったので(笑)。今はDVD/Blu-rayなので、字幕も吹き替えも、両方一枚の盤に収録することができますけど。あと、映画によっては、吹替版をやる劇場も昔より増えてきている印象はあります。

上原:今の若い人たちは、スマホとかで映画やドラマを観たりする。そのときに字幕だと、文字が小さくて読みづらいっていうのは関係しているかもしれないですね。吹き替えだったら、画面を追っていれば、台詞は日本語で入ってくるから観やすいので。吹替版だと“ながら観”ができるというのは昔から言われています。

久保:でも僕は、話自体に没入して楽しみたい人は、吹替版のほうが向いているんじゃないかと思うんですよね。さきほど昔のレンタルビデオの話をしましたけど、僕がまだこの仕事を始める前にブラッド・ピットの『セブン』を借りてきたら吹替版だったことがあって。「あ、間違えた」と思いながら観たんですけど(笑)、もうのめり込むぐらい引き込まれて、すごく面白かったんです。それで、これ、字幕で観たらもっと面白いだろうと思って字幕版を借りてみたら、文字を追っていかなきゃいけないので、最初に観たときほど没入できなかった。まあ、それは単に、2回目だったからかもしれないですけど(笑)。

――(笑)。でも、字幕版の場合、どうしても文字を追うことに、意識を取られてしまうところはありますよね。

久保:そうなんです。『セブン』の吹き替えと字幕を比較して、いちばんビックリしたのは、最後の衝撃的なシーンがあるじゃないですか。あのシーンは原音では台詞も含めてほとんど音が入っていないんです。でも、吹替版では、モーガン・フリーマンの「おおっ」っていう声がちょっとだけ入っていて。それに気づいたときに全身鳥肌が立ったんです。その声があるだけで、観ているほうの気持ちの入り方が全然違う。今の吹替現場では原音にない音声を足すことはほとんどないんですけど。

関連記事