『HiGH&LOW THE WORST』評論家座談会【後編】 「誰もが琥珀さんやコブラになれるわけではない」
成馬「美学を持ったヤンキーと、思想のない半グレ集団が戦う話」
加藤:またアクションの話になってしまうんですけど、特に目を見張ったのは団地の使い方ですね。河原のケンカまでは『クローズ』なんですよ。それが団地になると「HiGH&LOW」になるという感じがありました。『ザ・レイド』と『ジャッジ・ドレッド』という作品がどちらも団地を舞台にしていて、とにかく敵を倒しながら団地を上っていくんです。どちらも入り口から入って建物内の階段を上っていくんですけど、『THE WORST』では外からハシゴをかけて上ってましたよね。あれは初めて見ました。団地で攻城戦をやっていて、「なんだこれ」って。それと、敵のヤンキーが石を出した瞬間は、「こんなもの用意してたのか!」と我が目を疑いましたね。
成馬:日本のヤンキーモノだとそんなに団地って出てこなくて、どちらかというと海外のギャングスターもので見るイメージですね。
西森:香港映画だと、1990年代後半に団地の不良を描いた『古惑仔』というシリーズがあります。香港はそのころから階層社会で、団地に生まれて裏社会に進んだ幼馴染たちの話です。確かに以前の日本では、団地とこういう世界が結びつけられることってそんなになかったですよね。
成馬:どちらかというとヨーロッパやアメリカがそうでしたね。
加藤:イギリス映画では団地ものがひとつのジャンルになっています。団地に宇宙人が攻めてきて子どもたちが頑張る『アタック・ザ・ブロック』とか、マイケル・ケイン演じる主人公が、団地の悪い子たちに友達を殺されて復讐する『狼たちの処刑台』とか。
西森:昔だったら、日本で団地というと子どもがどんどん増えていくイメージがあって、明るい未来の象徴だったと思います。だから『THE WORST』を見て、そのあたりがもう完全に変わっているんだな、と。住む場所と人の描き方という点では、映画『空中庭園』では郊外の空疎さという心の問題を描いていましたが、『THE WORST』ではリアルに貧困とか、もしかしたら人口減少の空洞化で九龍城みたいなことになっている感じにも見えましたよね。九龍城の中って、違法の散髪屋とか歯医者がいっぱいあったらしく、そういう雰囲気ありましたよね。もちろん、その中にはアヘンの取引場もあったわけなので、たぶん希望ヶ丘団地は参考にしてると思います。いま映画で若者を描こうとすると、貧困であったり、それ故に裏社会に取り込まれることを書かざるを得ないじゃないですか。「HiGH&LOW」はそこをテーマにはしていないけど、そういう感覚は自然とあるんだな、と。
加藤:日本のヒップホップでも、団地はひとつのテーマになっている。京都の団地出身のANARCHYが有名ですし、今年彼がT-Pablowと一緒にリリースした「Where We From feat. T-Pablow」でもMVの舞台が団地でした。不良の少年たちの原風景として、団地が出てくる時代になってきたのかもしれません。
成馬:最終的な敵が、団地を本拠地にしている半グレ集団というのもおもしろいですよね。今まで九龍が扱っていたレッドラムを、九龍がダメになったあとでさばいて問題になるって、半グレそのものじゃないですか。
加藤:衣装や美術で着飾ってポップな感じになっているから気がつかないけれど、扱っているテーマはすごく今日的ですよね。ヤクザが今どんどん潰されていって、代わりに半グレ集団が台頭してくるという。
西森:牙斗螺は、やられてもしぶとくてゾンビみたいな迫力がありましたよね。法の枠外にいる仁義のない集団という感じがちゃんと感じられました。
成馬:ドラマ『スカム』や『詐欺の子』もそうですが、ヤクザやカラーギャングはもう古くて、新しい悪のイメージは半グレ、反社なんだろうなと思いますね。
加藤:それこそ昔「ツッパリ」と言われていたような人たちは、バンド感覚でツッパリをやっていたと思うんですよ。「バンドやろうぜ」「ツッパリやろうぜ」的な。
成馬:まさに『今日から俺は!!』だ。
加藤:そうそう。だからどこかのタイミングでパッと卒業して真面目にやっていく。それが今は、そういう感覚ではなくて、生まれたときから不良にならざるを得ない人たちしか不良をやっていない状況があるのかなと思いますね。
西森:『THE WORST』の半グレ集団も、「きっと身分証も持っていないし実際にはすごく生きるのが大変なんだろうな」と思わされるというか、あの違法な集団にしか包摂され得ない人たちという感じがありました。
成馬:思想のないマイティ・ウォーリアーズみたいでしたね。美学を持ったヤンキーと、思想のない半グレ集団が戦う話になっていた。でも「HiGH&LOW」の油断ならないところって、数年後に彼らを主役にしてスピンオフをつくりかねないところだと思います(笑)。