池松壮亮×蒼井優×新井英樹『宮本から君へ』鼎談 二十数年越しに「救われた」と語る、決闘後の裏側

『宮本から君へ』鼎談

新井「救われました」


ーー当初は、池松さんが歯を抜く予定だったのを新井さんが止めたそうですね。

新井:「歯を抜く」って言ったときは「もうその気持ちだけで十分だから」と、池松くんが家に来たときにカミさんと二人で一生懸命止めましたね。抜くって決めてたんだったらそれだけでいいじゃんって。あと、歯を抜いたら思考回路が変わっちゃうから抜かないほうがいいよと言いました。

ーー自分が生み出したキャラクターに蒼井さんと池松さんが向き合っている姿を見て、どんな気持ちになりましたか。

新井:前売券の特典用に“池松くん宮本”を描いてくれと頼まれて、池松壮亮に似なきゃいけないし、原作の宮本も被らなきゃいけないと考えたら描くのが難しかったんです。今回、結婚祝いのプレゼントに蒼井さんの顔も描いた時に、娘に「普段の蒼井優と違う」って言われて。蒼井さんが登場するシーンの描きたい表情で止めていた画面を見ていたら、蒼井さんが漫画の靖子に寄った顔になっていると気づいて衝撃でした。だから、言い訳でもなんでもなく、絵が全く似なくて(笑)。普段の蒼井さんと顔が違うってくらい靖子が乗り移っていたのは、原作者として嬉しかったです。

ーー宮本が決闘後に靖子の元に向かったシーンの映画での顛末に「救われた」と聞きました。

新井:事件が起きた後の宮本の行動は、事件を解決しようという気持ちだけど、とんでもないやり方で、靖子が傷ついたこととは別のことをずっと徹底してやっていて。自分でも描きながら、結局この場合、男があの立場で救うことって一切できないよなと考えていたシーンでした。あとはもう、宮本がやらかしてきたことを靖子がどう受け止めるかだけで。漫画の方は、最後に靖子が宮本を受け入れたけど、描きながら俺、これはずるいことをしたんじゃないかって思いがあったんです。でも、撮影現場で蒼井さんから「あ、私、素で感動したよ」って言われて。俺はそれで救われました。他の人が「ひどいよあの話」って言っても、いやいや靖子を演じてた蒼井優がそれで良いって言ったんだからって。

池松:なんならカットかかって、「もう1回やって」って言いましたからね(笑)。

新井:二十何年あそこはずるいことしたなってモヤモヤしていたのが、帳消しなりました。

ーー蒼井さんは、そのシーンをどう感じました?

蒼井:いや、もう幸せでした。ボロボロになった人に目の前であの状況でプロポーズされて。いい仕事だなと思いました(笑)。でも靖子も実際はあの事件が起きてから、自分と向き合って生きていくんです。前を向くことに執着する。そこからやっと雪が降るシーンで、今になってという話をするんです。だから極限の状態で心がやっぱり追いついてなかったんだろうなとは思います。

新井:プロポーズの時の池松くんの声のトーンが、ずるいんだよね。

蒼井:ずるいずるい。声裏返って。

池松:撮影がはじまって2日目くらいに声をからしてしまったんです。意図的ではないんですよ(笑)。

新井:こんなのやられるじゃんって思うよね。それでもあのシーンで宮本が靖子に「褒めてもらいたい」って言うのを聞いた瞬間に、こいつ頭おかしいんじゃないかって思いましたね。

池松:自分で書いたんですよ。

新井:俺、原作を読み返してなかったからアシスタントに「そんなセリフ書いた?」って聞いたら、「書いてました」って。頭おかしいぞこいつってなりましたね。

ーー池松さんはどういう気持ちでしたか?

池松:漫画では宮本が喧嘩に勝った後に、靖子のところに向かうまでに「あいつが街にやってくる」という章があるんですけど、宮本が今までで1番人生を謳歌している、キラキラしている瞬間なんです。靖子に会いに行って、ああいうことを言って。でも結局は「俺の人生バラ色だからよ」って言いながらも、やっぱり新井さんが話していた罪の意識が僕に乗り移ってしまい、“もう本当ごめん何もできなかった、俺喧嘩勝ったけど、それじゃ解決できない”ということが残って、宮本がウイニングブルーみたいになるんですよね。

 でもそこで靖子が反応してくれたことは、もう宮本を通して死ぬぐらい嬉しかったです。事実も消えないし過去も消えないけれど、全部は無理でも、宮本だから靖子が背負っているものを半分にはできたんでしょうね。

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