テーマは重いが、後味は爽快 『ブラインドスポッティング』の新しさ
『ブラインドスポッティング』が観客に突きつけるのは、二種類の立場の違いだ。一つは人種の違い。主人公コリンには地元の仲間マイルズがいて、二人は無二の親友としてずっと同じ街で同じものを見てきた。しかし、日常で何かアクシンデントやトラブルが起こる度に、嫌でも自分が黒人であり、マイルズが白人であることを意識させられてきた。人種の対比はバディとして行動するメインロールの二人だけでなく、コリンとインド系の元恋人との関係、マイルズと黒人の妻との関係、そして白人警察官との対立においても鍵となる。その点においても、本作は「アメリカで最も人種的に多様な街の一つ」であるオークランド映画なのだ。
もっとも、本作が真にユニークかつ2010年代的なのは、もしかしたらそんな人種の違い以上に現代のアメリカにおいては深刻なもう一種類の違い、経済格差についても射程に収めているところだ。大都市サンフランシスコからの流入に加えて、IT企業の首都シリコンバレーのすぐ北に位置するオークランドには、近年、多くの裕福な新住民が居を構えるようになった。それにともない、街の治安は改善されて、カロリーの高いジャンクフードに変わってビーガンフードやグリーンジュースが街に溢れることに。そんな街の変化に対する、黒人のコリンと白人のマイルズの態度は対照的だ。「人種」は違っても「貧しさ」においてコリンたち黒人と平等だと思い込んできたマイルズの足元は、新住民(もちろん白人も黒人いる)との経済格差というもう一つの視点によって、揺るがされることになる。
『ブラインドスポッティング』のダイレクトさは、そんなコリンとマイルズがこよなく愛する地元オークランドで従事している仕事が「引越し屋」であるところにも顕著に表れている。そして、ブラック・ライブス・マター運動の象徴的作品となった大ヒット・ミュージカル『ハミルトン』で一躍注目を浴びたダヴィード・ディグス演じる主人公コリンは、クライマックスで思いのたけをラップでぶちまけてみせる。まさに深読みは不要、真っ正面から思いっきり食らうタイプの映画。語られているテーマは「重い」が、観た後にこんな爽快な気持ちになる作品もなかなかない。
■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「MUSICA」「装苑」「GLOW」「Rolling Stone Japan」などで対談や批評やコラムを連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)。最新刊『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア)。Twitter
■公開情報
『ブラインドスポッティング』
8月30日(金)より、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほかロードショー
監督:カルロス・ロペス・エストラーダ
脚本:ダヴィード・ディグス、ラファエル・カザル
出演:ダヴィード・ディグス、ラファエル・カザル、ジャニナ・ガヴァンカー、ジャスミン・シーファス・ジョーンズ、ウトカルシュ・アンブドゥカル
配給:REGENTS
2018年/アメリカ/英語/95分/日本語字幕:柏野文映/原題:Blindspotting
(c)2018 OAKLAND MOVING PICTURES LLC ALL RIGHTS RESERVED
公式サイト:BLINDSPOTTING.JP