『いだてん』柄本佑の“後悔”に胸が詰まる 壮絶な関東大震災の後に描かれたひとつの希望

『いだてん』が描いた関東大震災

 『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』(NHK総合)第23回「大地」が6月16日に放送された。物語は、四三(中村勘九郎)らの提案で、富江(黒島結菜)が父・大作(板尾創路)と駆けっこで競争するところからスタート。富江が勝ち、鍛えた女性が男性に勝てることを証明した。また四三は治五郎(役所広司)に連れられ、建設途中の神宮外苑競技場を見る。

 だが、清々しさのある前半から雰囲気は一転。第23回で描かれたのは、大きな被害をもたらした関東大震災と登場人物たちが必死に生き抜く姿だった。

 1923年(大正12年)9月1日11時58分頃、大地が揺れた。大きな揺れの中、七輪の火を必死に消そうとするりん(夏帆)を、孝蔵(森山未來)はかばった。安全な場所へりんを突き飛ばす姿はいささか乱暴だか、その口からとっさに出た「あぶねえ」「こっち来てろ!」という言葉からは、りんを守ろうとする思いが伝わる。揺れが続く中、「東京中の酒が地面に吸われてしまう」と酒をかき集め、飲んだくれる孝蔵の描写は決して褒められたものではない。だが、「おりん話」のオチから、孝蔵とりんが、態度には見えにくいが、互いを思い合っていたことがわかる。孝蔵はりんと共に震災を生き延びていく。

 播磨屋に駆けつけた四三は、辛作(三宅弘城)たちと再会する。辛作の力強い抱擁と「よかった」という声が耳に残る。だが、そこに娘・りくを預けたシマ(杉咲花)の姿はない。シマを探しに出た四三が見たのは、東京中を燃やし尽くす炎の海だった。逃げ惑う人々と迫り来る黒い煙の描写に思わず心が苦しくなる。

 震災直後の混乱と、災害時のリアルさを物語る演出が印象に残る。真っ暗闇の中、りくを捜し、必死に名を呼ぶ増野(柄本佑)の声が聞こえてくるのだが、その姿はなかなか見えてこないのだ。また増野はシマが帰っていないと聞き、茫然とした表情で外へ出ようとする。辛作らが必死に引き止めたとき、声を押し殺すようにして泣く増野の姿に胸が詰まる。りくが無事だった安心感とシマの行方が分からない不安に、まとめて押しつぶされそうになっているかのようだ。

 四三はシマを探す中、大作と再会。そこには富江の姿もあった。大作は全壊した病院から持てるだけの薬と包帯を持ち、負傷した人々の救護に当たっていた。しかし彼らの姿も、わずかな明かりに照らされた姿しか見ることができない。負傷者を励ます声が聞こえるが、被害の大きさを把握することができない。災害時の本当の姿を映し出すような、凄まじい演出だ。そして四三は、富江がシマと会う約束をしていた浅草十二階が崩壊しているのを目にする。

 しかし第23回が描き出すのは震災の壮絶さだけではない。人々が互いに支え合い、生き抜いていく姿も描く。

 四三と共にシマを探す増野は、途中力なく座り込む。増野は「どこかで諦めなくちゃいけないんだろうな……本当は……もう少し諦めかけてるし」と思いを打ち明ける。絶望の淵に立たされ、希望を失いつつある彼の心情を強く描く台詞は苦々しく、胸に刺さる。震災の日の朝、はじめて妻に文句を言ったという増野は「あんなこと言わなければよかった」と後悔する。だが四三は力強く返した。

「そぎゃんこつなか! 夫婦だけん! もっともっと言いたかこと言い合えるとばい!」

 シマの生死ははっきりとは描かれていない。だが、悔やむ増野を力強く励ます四三の言葉は、シマとの日々を強く思い出させてくれるものだっただろう。文句を言うのも、夫婦の何気ない日常のひとつだ。後悔する必要はない、と。四三の言葉で増野の気持ちが晴れるわけではない。だが、今できること、シマを探し続けることを、一番にやるべきだと背中を押してくれるものだった。

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