森直人の『ROMA/ローマ』評:キュアロンの壮大かつ正統な“自主映画”から考える映画の「現在」

森直人の『ROMA/ローマ』評:キュアロンの壮大かつ正統な“自主映画”から考える映画の「現在」

 さて、こうやって以上のように補助線を引くことで、『ROMA/ローマ』の作品的な位相がさらによく見えてきたことだろう。引き合いに出された名前からもわかるように、いわゆる「エンタメ色」が皆無である。主演のヤリッツァ・アパリシオはアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたが、もともとの職業は教師で、これが演技初挑戦。キュアロンが彼女を抜擢した主な理由は、モデルとなった乳母のリボに顔がよく似ていたから(!)というくらい、これは本質的に彼の個人映画なのだ。役者に新人や素人を起用し、カメラも監督自ら回
しているくらいだから、壮大な自主映画だと呼んでも差し支えない。

 しかも、これがあの『ゼロ・グラビティ』(2013年)を撮った監督の次の新作なのだから、もう興味深すぎて笑ってしまう。ハリウッド娯楽の最前線でアトラクション型の3D映画の黄金モデルをひとつ極めた男が、今度は振り子の反動のように、自らのフィルモグラフィーをシネマの側に引き戻した。キュアロンが母国メキシコで監督作を手掛けるのは『天国の口、終りの楽園。』(2001年)以来だし、「血の木曜日」の暴動シーンなどは、『トゥモロー・ワールド』(2006年)のワンカット撮影を改めて培養したものと言えるかもしれない。それにしても『ゼロ・グラビティ』からの振り切れ方は極端で、『ROMA/ロー
マ』ではぶっちゃけ地味なアートシネマに分類されかねない、ある種のストイシズムへと大胆に旋回した。

 この作風の振幅に関するキュアロン本人の意識はどうなのか。当初、彼自身はもちろん劇場公開を前提として『ROMA/ローマ』に着手したらしい。だが既成の配給会社が申し出た条件が悪く、結局Neflixに売り込んだ。この辺の経緯についてMovie Walkerから2019年2月20日付けの監督インタビュー記事(取材・文/久保田和馬)(参考:https://movie.walkerplus.com/news/article/180019/)を引かせてもらうと、「メキシコを舞台にしたスペイン語で白黒の作品だから、劇場公開が限定的なものになると最初からわかっていたんだ」と語っている。つまり「地味なアートシネマ」になるのは初期段階で自覚していたってことだ。しかし公開規模まであっけなく地味になるのは困るわけで、
話をこう続ける。

「だけど大切なことは、なるべく多くの人にこの作品を観てもらうことだ。僕らがアプローチした時、Neflix側は作品の表面的な部分にフィルターをかけることなく、作品の内側にあるエモーショナルな価値を重視してくれたし、こうして世界中で劇場公開が叶ったということもNetflixと組んだおかげ。とにかく感謝しているよ」――。

 どうだろうか。ここにはものすごく端的な事実がある。要は大手映画会社ならハネちゃう地味で難しい作家的な企画も、Neflixなら引き受けますよ、ってことだ。冒険心や実験精神を失った既得権益を、新興勢力が脅かすという構図が明確に横たわっている。なんせあのキュアロンすら、企画を通す段階で苦労してしまうのだ。そりゃあ名だたる天下無双の超大物たち――コーエン兄弟もスコセッシもソダーバーグもNeflixに傾いていくだろう。

 ただしNeflixと組むデメリットも了解せねばならない。ウチは基本的に動画配信しかやりませんよ、という条件だ。そこで多くの監督はおのれの表現欲求と上映環境を天秤にかけるだろう。当たり前だが、僕の映画はぜひスマホのちっちゃい画面で観て欲しいんですよ~、なんてのたまう監督は誰もいない。映画の作り手にとって、あくまでもモニターはスクリーンの代替物である。お話の筋は極小サイズの画面で伝えられても、映像や音響、ディテールのこだわりなどは限りなく無に帰してしまう。

 とはいえ、ここがややこしいのだが、観る側の論理はまた別だ。様々な映画にアクセスできる気軽なツールとして配信は圧倒的に便利だし、コスパを考えると映画鑑賞はストリーミングサービスで充分というユーザーが実際増えている。この大まかな流れ自体は、『ROMA/ローマ』のロードショー公開に黒山の人だかりが群がるわけではないように、たとえ好評を博したNeflixオリジナル作品が劇場上映に展開しても、別に解消されることではない。

 作家の魂や思惑。業界の都合あるいは挑戦。批評家やマニアの特殊な欲望。大衆の消費傾向や時代のライフスタイル。こうした四方八方から来る何重ものズレがテクノロジーの発展と絡み合い、複雑なねじれや軋みを生じさせている。これが長い過渡期の様相を呈している映画状況の「現在」ってヤツなのだろう。

 今回の『ROMA/ローマ』劇場公開の件は、そんな「現在」の見取り図のかなりの部分をあぶり出してくれたようだ。その意味でも大変貴重だったと思う。ただし筆者がシンプルにいま思うことは、「ULTIRA上映」で『ROMA/ローマ』をもう一度観たいなあってことだけなのだが。

■森直人(もり・なおと)
映画評論家、ライター。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『21世紀/シネマX』『日本発 映画ゼロ世代』(フィルムアート社)『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「朝日新聞」「キネマ旬報」「TV Bros.」「週刊文春」「メンズノンノ」「映画秘宝」などで定期的に執筆中。

■配信情報
Netflixオリジナル映画『ROMA/ローマ』
Netflixにて、独占配信中
公式サイト:https://www.netflix.com/roma

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