恋愛のゴールって何だろうーー『愛がなんだ』岸井ゆきのが彷徨う狂気と正気の間

『愛がなんだ』が問いかける恋愛のゴール

 そして、そこにリアリティを与える役者たちもそれぞれ魅力的だ。ヘタをするとイタいキャラクターになってしまうテルコを、岸井ゆきのはけなげさとユーモアを織り交ぜながら魅力的に演じていて、心ある男子はみな「僕が幸せにしてあげたい!」と願うはず。でも、テルコのマモルに対する気持ちは揺るがないので、テルコに恋した観客はみんなテルコ同様、救われないの片思いに陥ってしまうのだ。ダメだけど憎めないマモルを飄々と演じた成田凌。ツンデレぶりがハマっている深川麻衣。5人のなかで、いちばん切なさをダイレクトに表現して強い印象を残す若葉竜也。そして、腰の据わった演技で場の空気を引き締める江口のりこ。それぞれが、しっかりとアンサンブルを奏でていて、ひとつひとつのシーンから、他人の恋愛を覗き見するような生々しい空気が伝わってくる。

 なかでも印象的なのは、すみれに想いを寄せるマモルと、そのことを知っているテルコが一夜を共にするシーンだ。この時、マモルはテルコと同じく恋愛で辛い思いをしている側。ベッドのなかで二人は初めて打ち解け、それぞれが胸の内を明かす。「(テルコがマモルのことを)好きになるようなところなんてないじゃん」とマモルが言うと、「そうなんだよね。変だよね」とテルコが笑う。恋愛が題材になっているものの、この映画に漂っているのは、愛することの高揚感より愛されないことに切なさであり、都会で浮き草のように暮らしている若者たちのふわっとした孤独だ。そんな繊細なムードを、Homecomingsの主題歌「Cakes」はうまく捉えている。

 本作に地に足つけて夢を目指して頑張る若者は登場しない。みんな揺れ動きながら、デリケートな心を抱えて暮らしている。そんななかで、最後までブレないのはテルコひとり。テルコが仲間だと思っていたナカハラと訣別するシーンは、映画のなかでも最もエモーショナルで観ていて辛くなる。ナカハラという同志を失って、孤高の道をいくことになるテルコ。そんなテルコの姿を見て、ふと、こじらせ系ガールズ・ムービーの傑作『ゴーストワールド』で、親友と訣別して我が道を行くヒロイン、イーニドを思い出した。とても寂しくて厳しい道だけど、彼女たちにはそこしか選択肢がない。誰もが恐れる孤独を受け入れることで、彼女たちは別の世界へと旅立っていくのだ。

 マモルと付き合いたい、というレベルを越えて、マモルになりたい、と思うようになるテルコの情熱。「恋する私は狂ってる。でも、そう言える私は狂ってはいない」とフランスの哲学者、ロラン・バルトは語ったが、恋する者はみんな狂気と正気の間を彷徨っている。そして、ほとんどの者はやがて正気に返るが、そうじゃない者もいる。テルコの心のコンパスは、どんな時もマモルを指している。でも、そこに女の情念のようなドロドロしたものを感じさせないのが、テルコというキャラクターの不思議な魅力だ。愛することをやめられない者にとって、愛は喜びである以上に苦しみなのかもしれない。この物語は愛を安売りする世の中に「愛がなんだ!」とケンカを売りながら、同時に「愛ってなんだ?」と問いかけているのだ。

■村尾泰郎
音楽と映画に関する文筆家。『ミュージック・マガジン』『CDジャーナル』『CULÉL』『OCEANS』などの雑誌や、映画のパンフレットなどで幅広く執筆中。

■公開情報
『愛がなんだ』
テアトル新宿ほかにて公開中
原作:角田光代『愛がなんだ』(角川文庫刊)
監督:今泉力哉
脚本:澤井香織、今泉力哉
出演:岸井ゆきの、成田凌、深川麻衣、若葉竜也、片岡礼子、筒井真理子、江口のりこ
配給:エレファントハウス
(c)2019 映画「愛がなんだ」製作委員会
公式サイト:http://aigananda.com/

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