アニエス・ヴァルダ追悼 貴女と我等の合言葉ーーさようなら、そして今日は

アニエス・ヴァルダ追悼

ゴダールからの最後の挨拶

 折りにふれてヴァルダは、自分が男女同権論者だと発言してきた。職業的な女性映画監督として先駆的な存在である彼女は、孤立無援もいとわず、自由と孤独を同時に引き受けた。写真の発明者ダゲールにちなんだパリ14区のダゲール通りにあるヴァルダ&ドゥミ夫妻の自宅には細長い中庭があり、中庭の右側の棟ではジャック・ドゥミが音楽家ミシェル・ルグランと新作実現の可能性を練り、左側の棟の2階では妻ヴァルダがミシェル・ピコリを呼び寄せ、『創造物たち』(1966/日本未公開)の撮影をおこなっている。映画作家として、妻として、2児の母親として、ヴァルダは自分の身体を繊細かつ折衷的に切り分けながら生きた。そのオープンでユーモアのある人柄は周囲の人々をいきいきさせる。しかし、死の影がつねにそこにあったこともまた確かである。

 先述のように、『幸福』の夫は自殺した妻を近所の墓に埋葬しなければならないし、『5時から7時までのクレオ』(1961)のコリーヌ・マルシャンは癌の精密検査の結果待ちに怯えながら、パリの街をさまよわねばならず、『冬の旅』のサンドリーヌ・ボネールは見知らぬ地方で野垂れ死にしなければならない。さらに、自己省察の度合いを深めた後期ヴァルダ映画では、数多くの墓参りが描かれる。昨年日本で公開された『顔たち、ところどころ』(2017)では、敬愛する写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンの墓参りをし、生前よくしてもらったヌーヴォーロマンの女性小説家ナタリー・サロートの生家に立ち寄って、在りし日の交わりに思いを馳せる。

 ところで余談ではあるが、埋葬・墓参りと言えば、彼女はドアーズのボーカリスト、ジム・モリソンの埋葬に立ち会った数少ない一人だ。1968年から70年のあいだアメリカ西海岸に滞在したヴァルダ&ドゥミ夫妻は、ドアーズのメンバーと友情を結んだ。69年のマイアミ公演中、ステージ上での自慰行為で有罪判決を受けたジム・モリソンはライブ活動を停止、71年春にパリに転居した。彼がパリの自宅で死んでいるのを目撃したヴァルダは、ペール=ラシェーズ墓地での埋葬にも立ち会っている。

 『アニエスの浜辺』ではもちろん、モンパルナス墓地にある夫ドゥミの墓参りシーンもある。30年近くにおよぶ長い寡婦としての生をへて、ヴァルダ自身、空想の中でいくどとなく自分を死なせ、埋葬させたにちがいない。「浜辺に戻った私は、後ずさりで歩く。この映画のように……」と言いながら、じっさいに砂浜の上を後ろ向きに遠ざかってみせる。フランソワ・トリュフォーが真っ先に若くして死に、ドゥミ、ロメール、シャブロル、リヴェット、クリス・マルケル……みな鬼籍に入った。生き残ったのはヴァルダ、そしてゴダールとジャック・ロジエの3人のみ。『顔たち、ところどころ』のラストで、彼女はスイスの寒村に、かつての盟友ジャン=リュック・ゴダールの自宅を訪ねる。電話で約束しておいたのに、玄関をノックしてもゴダールは出てこない。近くのレマン湖で涙を流すヴァルダ。これが今生の別れだと分かっていたからだろう。水の近くではやはり、良いことも悪いことも同居している。

 一方、不機嫌な独居老人となり果てたゴダールにはもう、古い友人をどうやって歓待してよいか分からないのかもしれない。しかしこれはすれ違いではない。ゴダールが約束を破るのも彼女の演出のうち。玄関のガラスにはゴダールの筆跡でこう書いてあった。「à la ville de Douarnenez. du côté de la côte.」(ドゥアルヌネの人たちへ。コートダジュールの方へ)ドゥアルヌネとは、かつてヌーヴェルヴァーグの若者たちが集まったモンパルナスの店の名前。『コートダジュールの方へ』は1958年に彼女が撮った短編のタイトルで、翌59年にアラン・レネの『ヒロシマ、モナムール(24時間の情事)』の併映作として公開された。この玄関の書き込みに対して「面白くない」とおかんむりのヴァルダだが、一方でこれがゴダールから友への挨拶であることも知っているのである。つまり、またどこかで再会するための「さようなら、そして今日は」という合言葉として。そして私たち観客もまたこの「ドゥアルヌネ」「コートダジュール」と暗号化された合言葉を、よろこんで共有する。さようなら、(そしてまたいつか)今日は!

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■リリース情報
『顔たちところどころ』
7月5日(金)DVD発売
監督・脚本・ナレーション:アニエス・ヴァルダ、JR
出演:アニエス・ヴァルダ、JR
音楽:マチュー・シェディッド(-M-)
字幕翻訳: 寺尾次郎
配給・宣伝:アップリンク
発売元:アップリンク 
販売元:TCエンタテインメント
(c)Agnès Varda-JR-Ciné-Tamaris, Social Animals 2016
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/kaotachi/

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