『グリンチ』はなぜシンプルな構成になったのか? 大人のための楽しみ方を指南

『グリンチ』大人のための楽しみ方を指南

 「グリンチ」という存在が何なのかということは、とくに言及されていないが、源流になったと思われるキャラクターはいくつかある。例えば、イギリス文学で最も古いといわれる伝承作品『ベオウルフ』に登場する、沼地に住む「グレンデル」。宮殿で宴をひらく人々に怒りを覚え、深夜に襲撃に来る怪物だ。

 そして、イギリスの作家チャールズ・ディケンズによる『クリスマス・キャロル』(1843年)に登場する、心を閉ざした金持ちの老人、スクルージ。彼はクリスマスシーズンに3人のゴーストに会い、人を思いやる優しい心を取り戻していく。おそらくこれらの有名なキャラクターのイメージが、ドクター・スースによる、より子ども向けの優しい世界観のなかに投影されたのがグリンチということになるだろう。

 原作『いじわるグリンチのクリスマス』は、ジム・キャリー主演による実写映画化もされているが、とくにアメリカでよく知られている映像化作品は、ドクター・スースも協力したTVアニメ版『いじわるグリンチのクリスマス』(1966年)であろう。監督には、『ルーニー・テューンズ』の伝説的なエピソード『オペラ座の狩人』(1957年)を手がけたチャック・ジョーンズ、俳優のボリス・カーロフがナレーションとグリンチの声を務め、また、コーンフロストのCMで「グーレイト!」と叫ぶタイガーの声で有名なサール・レイブンズクロフトが劇中歌、「You're A Mean One, Mr Grinch」を歌っていて、この曲は本作でも踏襲されている。

 このTVアニメ版は、20数分のなかで過不足なく原作の魅力を引き出した「決定版」といえるものとなっていて、多くのアメリカの視聴者も繰り返し見ているはずである。そして「グリンチ」というキャラクターが、アメリカ人の間に浸透してるのも、この映像作品があることが大きい。そういうものがすでにあるなか、また新たにアニメーションを作るというのは、作り手にとってはかなりのプレッシャーだ。

 そこで考えられるのは、現代的な解釈によって、キャラクターや物語、舞台となる場所、テーマなどを大胆に変化させるという試みだ。それによって、既存の作品と競合せず新しい価値を創出することができるはずである。

 しかし、本作はその方法をとらなかった。確かにグリンチをいくぶん愛らしく、シンディー・ルーを活発なイメージに変え、さらに上映時間にあわせてエピソードを追加してはいるものの、それらはあくまで背景を豊かにしたり、原作のテーマを補強するようなものにしかなっていないのだ。グリンチは、孤児院で育ち孤独な生活を送ってきたことを描くことで、そのつらい気持ちが観客により伝わるようになっているし、シンディー・ルーも、日頃から自分のために忙しく働いている母親を想うエピソードがあることで、彼女の優しい気持ちが分かるようになっている。

 大きな改変をせず、そのままの要素をより活かそうとするのは、クリスマスを祝うアメリカ人が「グリンチ」という存在、作品を深いところで愛していることが影響しているだろう。そして、親が子どもにクリスマスの精神を教えるのに、このエピソードが完成された教材として機能するからでもある。

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