デル・トロ版『ピノキオ』は現代社会を照射する物語に? 制作陣の絶妙な組合わせから考える
制作スタジオの絶妙な組み合わせに期待大
デル・トロが現代に『ピノキオ』の物語を蘇らせるにあたり、選んだ手法はストップモーションアニメーションだった。このことは本作のテーマを考えると非常に意義深い。ストップモーションは人形を一コマずつ動かして、生命を吹き込む技法だが、文字通りの操り人形であるピノキオが生命を授かる物語と技法のレベルでシンクロする。テーマやメッセージが物語の上だけでなく、それを語る手法にまで隅々に染み渡れば、作品の強度は当然強くなる。この選択は吉となるだろうと筆者は確信している。
ここで重要になってくるのが制作スタジオや参加スタッフだが、全てのスタッフが公になっているわけではないが、すでにわかっている範囲だけでも非常に面白い座組となっている。
まずデル・トロと共同監督を務めるマーク・グスタフソン。彼はウェス・アンダーソンが初めて手がけたストップモーション映画『ファンタスティック Mr.FOX』でアニメーション監督を務めた人物だ。実写監督のアニメーションデビュー作でその辣腕を奮っており、デル・トロもその経験を買ったのだろう。
そして、アニメーション制作を担当するスタジオにジム・ヘンソン・カンパニーとShadowMachineの2社が発表されている。ジム・ヘンソンと言えば『セサミストリート』の生みの親であり、操り人形(マリオネット)とパペットを組み合わせた独自の操演人形「マペット」を生み出した人物だ。操り人形の物語を描くにあたり、マペットの大家の作ったスタジオを起用するのは面白い試みだ。マペットの傑作『セサミストリート』は幼児向けの教育番組であるが、するどい社会への眼差しを含んだ作品でもあり、多様な生物が共存して生きる姿は、そのまま他人種国家アメリカでの共生の重要さを子どもたちに説くものであった。しかし、ジム・ヘンソン自身はマペットが所詮子ども向けの表現にすぎないと思われることが我慢ならなかったようだ。彼のその想いは1982年に公開された傑作ダークファンタジー映画『ダーククリスタル』へと結実することになる。ちなみに『ダーククリスタル』の前日譚がNetflixで制作されることも発表されている。
そしてジム・ヘンソン・カンパニーとともにアニメーション制作を担うのが、ShadowMachineだ。このスタジオは、カートゥーン・ネットワークなどで子ども向けから大人向けの作品まで幅広く手がけており、近年ではNetflixの人気のアニメーションシリーズ『ボージャック・ホースマン』を制作していることで知られる。馬に擬人化されたかつてのセレブ俳優の落ちぶれた姿を鋭い時事ネタやシモネタギャグを織り交ぜ、過去の栄光にしがみつく男の悲哀と切実さが笑いと共感を呼んでおり、シニカルでブラックな大人向けのアニメーションとして現在シーズン5まで制作されている。
この組み合わせだけでも一筋縄ではいかない作品になりそうな予感がするだろう。ギレルモ・デル・トロの『ピノキオ』は1930年代のムッソリーニのファシズムが台頭する時代を舞台にするそうで、「自分は果たして操り人間か、それとも人間か、というテーマを追求するためには恰好の時代だ」(参照:https://eiga.com/news/20171121/7/)と制作の動機を語っている。デル・トロは、この古典を現代社会を照射する物語として再生させようとしている。そんな彼のビジョンを具体化する上でこの2つのスタジオの組み合わせは面白い相乗効果を生むのではないだろうか。
デル・トロは少年の心を持ったまま大人になった人物として語られることが多い。そんな彼が『シェイプ・オブ・ウォーター』で社会への鋭い眼差しと得意のダークファンタジーを融合させてアカデミー賞を受賞したことは記憶に新しい。今の彼の立ち位置は『シンドラーのリスト』を作った頃のスピルバーグにも重なるかもしれない。スピルバーグも少年の心を持った男として語られ、世界中の人々を楽しませる娯楽映画を数多く作り、『プライベート・ライアン』や昨年の『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』など歴史や社会を見つめる作風へと幅を広げてきた。
デル・トロの作る『ピノキオ』はカルロ・コッローディの原作がそうであったように、鋭く現代社会をえぐり出すものとなるであろうし、作品が持つ普遍的な感情も大切にされるような作品となることだろう。『ピノキオ』は、少年の心と社会を鋭く見つめる眼差しの両方を獲得した今のデル・トロにふさわしい題材といえるだろう。
■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。