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なぜ人は危険を冒してまで「報じる」必要があるのか 『タクシー運転手』が大きな反響を呼んだ理由

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 近年のソン・ガンホというと、現代劇においては普通の市民を演じているイメージがあまりなかった。どこの国の俳優でもそうだが、年齢を重ね、そしてキャリアを積むと、普通の市民の役よりも、どこか社会的に成功した役や、突出したキャラクターを演じることが多くなる。かつては『グエムル-漢江の怪物-』で小さな売店を営む父親を演じていたソン・ガンホも、最近は『弁護人』のように、自らの力を持って何かに立ち向かう人というイメージが個人的には強くなっていた。

 しかし、『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』でソン・ガンホは、巻き込まれるひとりの市民を演じていた。

 映画の冒頭で、ソン・ガンホ演じるマンソプは、タクシーを運転している最中、街でデモ隊の暴動に出くわす。すると、マンソプはすぐさま車の窓を閉め、鼻の下に歯磨き粉を塗る。これは、歯磨き粉の刺激が、催涙弾による目や鼻の痛みを和らげる効果があったかららしい。

 慣れたハンドルさばきで車を迂回させながら、学生たちに向かって「デモをするために大学に入ったのか?」「何不自由なく育ったからだ。いっそサウジアラビアの砂漠で苦労させればこの国で暮らすありがたみが分かる」とぼやく。

 このシーンから、マンソプが当初は政治に関心がなく、デモをする学生たちに対しても、彼らは生活に余裕があるからこそデモを行っており、自分は、世の中に多少の不満があっても、それでもこの国で暮らすありがたみがあると考えていることがわかる。こうした考え方は、今の日本にも溢れているのではないか。

 彼にとっては、目の前の生活のほうが重要であり、それは当然のことにも思える。街でデモがあればタクシーの売上も激減、十分な収入がなければ家賃滞納も長引いてしまう。商売道具の車のミラーの修理代も値切る必要があり、娘の成長に合わせて靴を買い替えることもできない。そんな立場のマンソプからすれば、政治に対してアクションを起こす学生たちのことが“余裕”に見えてしまっても仕方のないことなのかもしれない。しかも、このときマンソプがいるソウルには、光州で起きている出来事は伝わってこないのだから、彼が危機を実感をすることが難しいというのもより一層理解できる。

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