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高橋一生と榮倉奈々の対照的な姿 『僕らは奇跡でできている』は“多角的な見方”がテーマに

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 火曜ドラマ『僕らは奇跡でできている』(カンテレ・フジテレビ系)が10月9日に初回放送を迎えた。民放ゴールデン・プライム帯の連ドラ初主演となる高橋一生が演じる、生き物のフシギに夢中な大学講師・相河一輝の日常を描く本作。個性豊かなキャラクターを榮倉奈々、要潤、児嶋一哉らが演じ、コミカルな作品となった。

 相河一輝は生き物が大好きな変わり者の大学講師。時間にルーズであったり、人と円滑にコミュニケーションが取れなかったりと、人として足りていない部分が多い。そのせいで人を振り回してしまい、怒らせてしまうこともしばしばあった。一方、相河が出会うしっかり者の歯科医師・水本育実(榮倉奈々)は相河と正反対で、いつも“正しい”ことを軸に動いている。約束はしっかり守り、何事にも真正面からぶつかっていく。ついその正しさを振りかざしてしまうことで、人から疎まれてしまうこともあった。

 イソップ寓話の『ウサギとカメ』が引き合いに出された第1話は、様々なシチュエーションでの“本質”について問いかける物語となった。正解を出すことが「答え」のあるべき姿ではなく、話者の言葉で話者の気持ちが伝われば良いという相河の考えに感服する視聴者も多かったように思える。劇中で相河は、このイソップ寓話について、水本に「先生はうさぎみたいですよね」と言う。その後、相河自身の解釈した『ウサギとカメ』について「カメは前だけを見て、ゴールも勝負も考えずに前に進むことを楽しんでいる。ウサギはカメを見下すために走っている」と説明したが、その解釈はちょうど水本が悩んでいた「人を見下す」ということとリンクしてしまった。

 水本のように真っ直ぐで努力を惜しまない人ほど、つい「正しい」ということに拘ってしまうのだろう。仕事を頑張って、良い結果を求め、時間を守り、正確に患者対応を続けても、報われないどころか、恋人から「人を見下している」と言われてしまう水本。彼女の不器用さは、ベクトルは違えど相河の不器用さと通ずる部分があった。劇中の解釈で言うなら相河はカメだ。しかしその視野の狭さから人に迷惑をかけたり、怒らせたりと、呼び起こす結果は水本と同じである。どちらが“正解”の姿なのかの答えはないのだろう。

      

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