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平手友梨奈と鮎喰響が共鳴 『響 -HIBIKI-』は“はじめの一歩”の勇気をくれる

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 まずは誤解を恐れずに。小説を書くという行為は、はたから見れば地味である。もっと言うと、文章を書くという行為ははたから見れば地味である。いかに書き手が自身のうちに情熱の炎を燃やしていようとも、「書く」という行為そのものには反映されない(気持ちが乗っているからといって、まさか踊りながら書くという者はいないだろう)。

 欅坂46の平手友梨奈が映画初主演を果たし、天才にして予測不能な問題ガール・鮎喰響を演じた映画『響 -HIBIKI-』を観て、コーフン気味でこの文章を書きはじめたが、紫煙が充満する喫茶店では、キーボードを叩く音がカタカタと寂しく響いているだけだ。などと、この状況の描写を試みてみたが、やはり自分の才能が凡庸であることを自覚するばかりである。

 だがそれは仕方のないことだろう。そういった経験を積み重ねてきたわけではないし、両親からその手のDNAを受け継いでいるわけでもない。甘んじて、いまの自分を受け入れるしかない。

 しかし、この物語の主人公である15歳の女子高生・響は、いくら文字どおりの本の虫だとはいえ、「書く」訓練も、特異なDNAを継ぐこともなく、書き上げた小説が文芸誌で新人賞を受賞するのみならず、芥川賞と直木賞をW受賞してしまう。認めざるを得ない、天才なのだ。

 とはいえ本作は、この地味だとも思われる「書く」という行為をスペクタクルとして可視化するわけではなく、「マンガ大賞2017」を受賞した原作マンガ『響 〜小説家になる方法〜』(小学館)と同様に、行為そのものに執着しているわけではない。

 あくまでひとりの少女の創作物と、それに対する社会の反応、そしてそれを生み出した彼女と、彼女に対する社会の反応とを描いている。つまり彼女が、どんな想いで、どんな調子で小説を執筆したのかということが重要なのではなく、それらの過程をほとんど排除し、社会的評価を得るところへと繋いでいく。執筆過程の排除、才能のバックグラウンドが排除されることによって、彼女が規格外の存在であることはより強調されるのだ。

      

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