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『万引き家族』は“誘拐”をどう描いたか? 弁護士が法的観点から読む

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 是枝裕和監督の『万引き家族』の主要登場人物は、タイトルどおり、窃盗や年金詐取などの犯罪を日常的に働く人たちだ。筆者の本業は弁護士だが、彼らの行動を現実の法規範に照らして裁いてみることが、芸術に対する批評として決定的な意味があるとは思わない。ただ、映画の中で、彼らに対して適用されるルールが、現実の法規範とは相当異なっている点が無視されてよいとも思わない。以下詳しく論じてみたい。

 是枝監督からの影響をショーン・ベイカー監督自身が公言している映画『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』は、貧困層が住み着いたモーテルを舞台にしたリアリティに根差した描写から一転、ラストは登場人物の空想ともとれるようなマジカルな展開に飛躍していく。

 同じく貧困層を扱った『万引き家族』を観ていて、終盤、率直なところ、筆者はこの映画も『フロリダ・プロジェクト』と同じ構造の作品なのかと思い違いをしてしまった。リリー・フランキー演じる中年男性と少年が釣りに行くシーン。話の流れ上、このシーンはてっきり男性か少年の願望による空想だと思い込んでしまったのだ。このシーンを機に、安藤サクラの名演や疑似家族が暮らす一軒家内の暮らしの細部の描写など、世界の誰にも真似できないほど見事な部分も多いこの映画の、ある問題点がクリアに見えてきてしまった。

 序盤からほのめかされているが、樹木希林演じる老女を筆頭にボロ家で暮らす6人は、本当の家族ではなく、それぞれ事情を抱えた者の寄り集まりに過ぎない。一番下の5歳の女の子は虐待家庭から勝手に連れてきた子であり、恐らく上の男の子も似たような経緯でもっと幼いころに「家族」に加わったであろうことは、映画のかなり早い段階で観客にもわかる。

 映画内でもはっきり言葉にされているが、この行為は要は誘拐であり、犯罪である。安藤サクラ演じる女性の「身代金を要求したわけじゃないから誘拐じゃない」という台詞は、いい加減な言い訳はしていても女性自身が行為の犯罪性をちゃんと認識していることを表すと同時に、映画製作者も、作中の行為が現実ではどのような犯罪にあたるのかをきっちり調べた上で映画を作っていることも示している。具体的には、「営利目的当略取及び誘拐」(刑法第225条)や「身代金目的略取等」(同第225条の2)といった非常に重い罪には該当しないが、「未成年者略取及び誘拐」(同第224条)の罪には該当することは、作品の前提になっている。

 映画終盤、ある事件をきっかけに「家族」の存在が知られ、「家族」は解体され、メンバーは警察の取調べを受けることになる。「家族」は、ファミリービジネスとしての万引きと、未成年者略取以外にも、ある罪を犯しており、その点も捜査対象となる。

 女性は、取調べに対し、「全部自分が1人でやった」と供述し、罪を1人でかぶる。ここで女性が言う「全部1人でやった」犯罪とは、普通に考えれば未成年者略取ではなく「ある犯罪」のことだろう。「ある犯罪」は1人でやったと言い張ることも可能だが、未成年者略取を全部1人でやったという主張は非現実的だ。「家族」は何年も共同生活を送り、大人が協力して被害者である子の面倒を見ており、他の大人にも少なくとも被略取者蔵匿・隠避の罪(同第227条1項)が成立することは恐らく争いようがないからだ。そのような客観的な状況証拠に基づく認定を、共犯者の供述程度でひっくり返せるとは思えない。

 具体的に何の罪に対する刑が誰に適用されたかは映画内で結局明示されないまま、女性は実刑を受け恐らくは刑務所に入り、一方、男性は実刑を受けず外の世界に留まる。そして、釣りのシーンにつながっていく。

      

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