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リリー・フランキー、家長役で醸し出す“特有の生々しさ” 『万引き家族』と他出演作との共通点

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 普通ではないことが日常になっている奇妙な一家を描く。そのために最適な役者を集め、子どもたちに自然なふるまいをさせる。カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した是枝裕和監督の『万引き家族』はそれを実現したわけでみな素晴らしい演技だったが、リリー・フランキーも彼以外にこの家長役はありえないと感じさせるものがあった。

 仕事先で真面目に働かず、息子に指図して一緒に万引きする一方、近所で震えていた体中傷だらけの女の子を拾ってきて娘にしてしまう。狡さと優しさが、平気で同居している。整っているとはいえないルックスなのに、妻(安藤サクラ)とのからみで示される通り、中年男のエロさも持ちあわせている。彼の演技には、こういうタイプいるよという存在感があった。かつてはサブカル文化人が余技でやる役者業のようにみえたリリーだが、気づけば出演本数は多くなり、いつの間にか日本のある種の父親像、男性像を体現する人になっていた。

 イラスト、文筆、作詞・作曲、ラジオパーソナリティ、バラエティ番組MC、そして俳優と多方面の活動をしてきたリリー・フランキー。彼は、吉田豪のインタビュー集『サブカル・スーパースター鬱伝』(2012年)に登場した1人だった。サブカル男は40歳を越えると鬱になるかをテーマにした同書で他に出てきたのは、大槻ケンヂ、川勝正幸、菊地成孔、みうらじゅん、ECD、松尾スズキなど。リリーの当時の位置づけが察せられる。

 私が彼を初めて知ったのは、かつて発刊されていた洋楽雑誌『クロスビート』で1990年代に連載された『リリー・フランキーの死亡遊戯』だった。それはヘタウマなイラストを入れたエッセイで、内容は行き当たりばったりで下ネタが多く、原稿がオチて休載になることも珍しくなかった。1997年に初めての本『女子の生きざま』が刊行されたが、リリー・フランキーという奇矯な名前は、まず面白コラムの書き手として広まったように思う。

 『リリー・フランキーの死亡遊戯』の一部は『美女と野球』(1998年)に収録された。同書には、リリー・ママンキー、リリー・パパンキーの呼び名で両親も登場し、母のガン闘病も語っていた。甲状腺を摘出した彼女が上京してきたことを書いた文章は、こんな風だ。

「最初は遊びに来たのかと思っていたら、そのままずーっと住みついてしまっている。何度もクール宅急便で送り返そうと試みたが、それも失敗に終わり、もう、オカンと暮らし始めて二年になる」

 笑いを基調にしたエッセイ集のなかで「オカンがガンになった」の章題で書かれた2回分もトーンは変えず、ギャグ混じりのままだった。ガンを再発し入院した母が、頭を固定された状態で鏡越しに東京タワーを見る場面もある。天井と東京しか見ることのできない母を息子は、「アーバンな病人だ」と記した。

 面白コラムの一部として書かれたこの体験は、後にリリーの自伝的長編小説『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』(2005年)で形を変えて書かれる。ベストセラーとなり第3回本屋大賞を受賞した同作は、映画化、ドラマ化、舞台化もされ、親子の関係を描いた感動作として世間に流布した。だが、それ以降、作者は、文筆業から遠ざかっていく。

 『東京タワー』には母の死の直後、編集者から原稿を催促され、なんでこんな時にと憤ったものの、頭に浮かんだ母から書きなさいと諭され、大笑いさせる原稿を書いてやると主人公が意気ごむ場面がある。面白コラム執筆の舞台裏の心情をこのように明かしたことへの含羞が、彼を文筆業から遠ざけたのではないかと私は想像する。

 それ以前から映画出演はあったが、『ぐるりのこと。』(2008年。橋口亮輔監督)でリリーは初主演を務めた。生まれたばかりの初めての子が死んだ夫婦の10年間を追う話であり、彼は夫の法廷画家役で様々な事件の裁判を傍聴する設定だった。と書くと深刻な話に思われるかもしれない。だが、子の死後に鬱状態になる妻(木村多江)は、性に積極的なタイプだったと設定されるなどユーモラスな要素もあった。武蔵野美術大学卒のリリーにあった役であり、ブルーリボン賞と日本映画批評家大賞の新人賞をそれぞれ受賞するなど評価もされた。彼ならではの夫像・父親像という『万引き家族』に至るまでの役者仕事の出発点は、この映画に見出せるだろう。

      

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