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ジム・ジャームッシュの到達点となった『パターソン』、その深いテーマを徹底考察

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 『ストレンジャー・ザン・パラダイス』や『ダウン・バイ・ロー』、永瀬正敏と工藤夕貴が主演した『ミステリー・トレイン』など、ある時期、日本でも映画ファンを中心にブームを起こしたジム・ジャームッシュ監督作品。ここにきて彼のいままでの到達点といえる映画が撮られてしまった。人知れず詩を作り続ける人物の日常を丹念に描いていく不思議な味わいの作品『パターソン』である。来る3月7日、Blu-ray&DVDがリリースされるタイミングに合わせ、あらためてこの作品を振り返っていこう。

 本作では、その人物の平凡な一週間がユーモラスに切り取られている。「癒される」、「穏やかだ」、「ずっとこの世界に浸っていたい」…そういった感想が多く聞かれるように、いかにも映画作品というようなドラマチックな事件が起こるわけでなく、平凡な日々の出来事がゆったりと描写されていく。そこに豊かな時間の流れを感じて幸せな気分になれるというのが、本作の一つの見方となっていることは確かだ。だがこの記事では『パターソン』の主人公の切実な内面にさらに迫っていくことで、本作で示された「詩作とは何か、ものづくりとは何か」という深いテーマを掘り下げていきたい。

生活者パターソンが綴る愛の詩

 新しい『スター・ウォーズ』シリーズの悪役カイロ・レンや、『沈黙‐サイレンス‐』で神父を演じて話題を集めたアダム・ドライバーが演じているのが、アメリカのニュージャージー州に実在する都市パターソンに住む、“パターソン”という人物だ。彼は市バスを運転するバスドライバーである。アダム・ドライバーがドライバーとしてパターソン市のパターソン氏を演じている…。言葉あそびのような奇妙なユーモアが示しているように、作品全体にはなんとなくとぼけた雰囲気が漂っている。それもそのはずで、本作の設定や登場人物、セリフなどは、劇中でも登場するウィリアム・カーロス・ウィリアムズの『パターソン』という詩集からいくつも引用されているのだ。ゆえに、作品に登場するいろいろな要素一つひとつが象徴的な存在として機能しようとする。

 バス発着場への通勤や、バスに乗って勤務している間、パターソンの意識は詩の世界にある。そして待機時間に車中で、または昼休みにパターソン市の象徴である滝・グレートフォールズを眺めながら、ごく短い時間、しかし毎日毎日、「秘密のノート」に言葉を綴っていく。リズムをあまり重視しない散文的なスタイルで、「マッチ箱」や「胎児」、「バスの運転席から見た景色」のような小さなスケールの世界を、彼は文字に変えてゆくことに没頭する。

 そのような表現を通して、詩で描かれるテーマは、彼の妻ローラへの愛情だ。イラン出身の俳優ゴルシフテ・ファラハニが演じるローラは、自宅のカーテンを奇抜にデザインしたり、特異な創作料理を作るなど、生活のなかにありったけのクリエイティビティを注ぎ込む風変わりな女性である。彼女がパターソンのために用意してくれたランチボックスを開くと、パンの他に、サインペンで目玉のような模様がびっしり描き込まれた果物や、小さな花が添えられた、イタリアの詩人ダンテのポストカードが入っていたりする。パターソンは、そんな彼女の行動を楽しみ、ときに戸惑いを覚えながらも、否定的な素振りは見せないようにしているらしい。それは感情を面に出さない彼の性格が幸いしてもいるが、何よりも彼女に深い愛情を抱いているからだということが、詩の内容から理解できるのだ。

日常に隠れた“知られざる芸術家”たち

 バスを運転し、妻と語らい、飼い犬のブルドッグを散歩させ、バーでビールを飲む…パターソンはこのように単調といえる毎日の繰り返しの合間に、詩作に打ち込み続けている。だがスマートフォンやPCを持たない彼は、ブログやSNSでそれを発表することもなく、もちろん出版社に足を運ぶことなどもしていない。ローラは説得を続け、秘密のノートのコピーを作ることだけを了承させるが、彼は自作の詩を作品として世に発表することには、どうも消極的らしい。それも仕方が無いと思えるのは、何の実績もない人物の詩が売れるかというと、現実的には難しいからだ。楽天的なローラが考えるようには、ものごとはうまくいかないはずである。

 パターソンは一週間の間に、何人もの自分のような“生活者としての詩人”に出くわすことになる。永瀬正敏が演じる謎の日本人、エミリー・ディキンソンを敬愛する可憐な少女、ヒップホップグループ、ウータン・クランのメンバーであるメソッドマンが演じる、ラップを口ずさむ男…。

 ドイツの作家トーマス・マンは、自国の偉大な詩人・ゲーテを、“市民性”を持った詩人だと評する。イギリスのバイロンのような、貴族の位にあった詩人に比べ、裕福な家柄ながら一般の市民の出身だったゲーテは、卑俗な部分を含めて、よりいきいきとした自由な詩作に取り組むことができたという。貴族の時代から市民の時代へ。日本でも、古くから貴族のたしなみであった「和歌」を庶民がたしなみ、「俳句」という町人の間で発達した文化がいまに残っているように、詩作が市民のものになってゆくというのは、歴史的必然である。そのなかで、最も自由でいきいきとした表現ができるのは、まさにパターソンや、彼が出会う詩人たちのような人々なのかもしれない。

      

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