なぜ『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』は2017年を代表する1作になったのか
『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』は、日常と死に向き合った映画だ。情報が氾濫し、善意も悪意もないまぜの喧騒が、ネット上でも現実世界でも溢れかえり、自分の居場所さえ見失ってしまいがちな現代だからこそ生まれた。最果タヒという彗星のごとく現われた現代詩人による詩をもとに石井裕也監督はじめ若いスタッフ・キャストによって描かれた東京の若者たちの物語が雑誌『キネマ旬報』、『映画芸術』のベストテンにおける1位など多くの賞を獲得した。その理由は、東京オリンピック前である今の東京が映し出されているという“記録”の意味だけでなく、不確かな世の中で、確かな何かを探し続ける主人公たちの焦りや葛藤、不器用な彼らの真っ直ぐに疾走する恋が、老若男女問わず世代を超えて多くの選者並びに観客の心に届いたからに違いない。
「俺は、ヘンだから」「へぇ。じゃあ、私と一緒だ」
何度も繰り返される主人公2人のこの応酬は、彼らだけの会話ではなかった。「私も一緒だ」と心の中でそっと答えた人が、映画館にどれほどいたのだろうか。この映画は、そんな人たちのための、いわば処方箋のような映画だ。
世界の全てを俯瞰しているつもりになっているが悲観的に捉えすぎでもある、石橋静河演じるヒロイン・美香は、死を前にくるりと回転する。「大丈夫、すぐに忘れるから」と自分で自分に言い聞かせる。まるで不条理で唐突な死に対するささやかな抵抗のように。看護師である彼女は常に死と隣り合わせの日常を送りながら、ずっと過去の納得のいかない死を引きずっている。回想のみの登場であるのに関わらず鮮烈な印象を残す市川実日子演じる美香の母親の死である。煙草と青いスカートに白いスニーカーが眩しい。田舎道を歩き、くるりと回って微笑む母親の優しい記憶を、美香は反芻する。母親の自殺の理由を問い続けるとともに、自分が捨てられたと美香は考えずにいられない。
一方、目が片方見えないために世界を半分しか見ることのできない、池松壮亮演じる慎二は、仲良くしていた老人(大西力)の死を前に、笑みと哀しみの表情を同時に浮かべ「やっぱり」と呟いた。それが彼にとっての唐突な死に対するささやかな抵抗なのかもしれない。彼の「いやな予感」は常に的中し、言葉にすることさえ忌み嫌う「死」は彼の周りを付きまとう。
美香が慎二に与え、自ら飲んだコップ一杯の水。身体がポンプのように弾み、ホースの水が出切るように死んでいった松田龍平演じる智之の身体を流れただろう水。そして冒頭の波紋と、川越しに輝く色とりどりに点滅する東京の夜景。彼らの身体を通り抜けていた水はやがて川へと繋がる。
この物語は、個人と世界の繋がりの物語でもある。知らない誰かが流れ作業で作った弁当を特に意識することもなく工場で働く慎二たちが食べ、看護師の美香が食べる。慎二が1人部屋で灯した煙草の火の赤が、東京のネオンの点滅の赤に繋がるように、ニュース速報で流れるどこかの地震とテロと死者の数、電車の遅延と人身事故、世界のどこかで起きている死と悲劇は彼らの日常と地続きだ。そのことに無関心でいることができるほどの傲慢さが備わっていない主人公たちは、いつも死の予感、「いやな予感」に怯えている。
彼らの「いやな予感」に対抗する手段はないのだろうか。スマホに夢中になって多くの人が見逃している、空にぽっかりと浮かんだ飛行船を2人は共有し、「なにかとてつもなくいいことが起こるかもしれない」と予感する。その答えは意外と、野嵜好美演じる都会の雑踏の中を1人歌う女の「がんばれ」という叫び並みにストレートで単純である。
佐藤玲と三浦貴大が演じる、主人公2人がそれぞれに出会う「愛」を簡単に語る男女は、「愛って言葉を使うと口から血の匂いがしない?」と問いかける美香の言葉をよそに、その軽薄さと現代っぽさを象徴的に示しながら、彼らに勝手に期待し、勝手に見切りをつけて去っていく。
一方、田中哲司演じる、腰が痛くてズボンのチャックもあげられない、慎二の仕事仲間であるおじさん・岩下は、「こんな生活だけど生きてる、恋もしてる。恋してるんだよ、ざまあみやがれ」と大好きなコンビニのお姉ちゃんに会うために、かっこ悪く、ただひたすらに走る。
「愛」じゃなくて「好き」という言葉を使う彼らがなんだかむしょうに愛おしい。きっとこの映画は、今この場所で生きづらい誰かの処方箋になる。そんな映画だ。
■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住の書店員。「映画芸術」などに寄稿。
■リリース情報
『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』
Blu-ray&DVD発売/レンタル中
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¥6,200+税
本編Blu-ray+特典DVD 2枚組
☆特製アウターケース/デジパック仕様/封入特典:ブックレット(24P)
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¥3,800+税
本編DVD
収録時間:本編109分+特典映像
セルBlu-ray・DVD【特別版】 共通映像特典:メイキング/インタビュー集/イベント集
発売/販売元:ポニーキャニオン
監督・脚本:石井裕也
原作:最果タヒ(リトルモア刊「夜空はいつでも最高密度の青色だ」)
出演:石橋静河、池松壮亮、佐藤玲、三浦貴大、ポール・マグサリン、市川実日子、松田龍平、田中哲司
エンディング曲:The Mirraz「NEW WORLD」
製作:テレビ東京、東京テアトル、ポニーキャニオン、朝日新聞社、リトルモア
配給:東京テアトル、リトルモア
(c)2017「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」製作委員会
公式サイト:http://www.yozora-movie.com/
■映画キャンペーン実施中
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公式サイト:https://www.buzzes.jp/movies/yozora-movie/
応募〆切:3月4日(日)まで