『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』は複雑かつ美しいーーパブロ・ララインが描く鋭利なるミステリー

荻野洋一の『ネルーダ』評

 ガエル・ガルシア・ベルナル演じる官憲の犬は、自分がアメリカの描いたシナリオ通りに動かされている操り人形に過ぎないということを自覚している。その自覚が彼を、政治的弾圧よりも文学的遊戯を優先させる動機となっているように見受けられる。彼は詩人を捜査しながら、詩人と同化する。詩人を崇拝する人々からの蔑視を甘んじて受けながら、「詩人は自分だったのかもしれない」と不遜な夢想に囚われていく。自由が拘束されているのは追われる詩人ではなく、追う側の警視の心理である。そしてそれは、広く弱きチリ市民の心理でもある。

 いや、この映画の作者であるパブロ・ラライン監督は、現代に1948年の詩人を甦らせるにあたり、みずから囚われていく惨めな官憲の犬を、私たちごく普通の人間ーー正道を真剣に求めず、安逸な抑圧に自足し、自由の精神や他者の多様性を無意識的に抑圧する役割を演じてしまう、そんな私たち一般の市民ーーのちっぽけな肖像を、きびしい眼で彫りだしているのだ。まさに現代という袋小路、文明落日の時代にこそふさわしい、冷徹に破滅を愉しみ、もてあそぶかのような、手厳しい皮肉をまじえた、鋭利なるミステリー映画の傑作である。

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■公開情報
『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』
新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開中
監督:パブロ・ラライン
脚本:ギレルモ・カルデロン
出演:ルイス・ニェッコ、メルセデス・モラーン、ガエル・ガルシア・ベルナルほか
配給:東北新社 STARCHANNELMOVIES
2016/チリ・アルゼンチン・フランス・スペイン/108 分/カラー/シネマスコープ/5.1ch/PG12
(c)Fabula, FunnyBalloons, AZ Films, Setembro Cine, WilliesMovies, A.I.E. Santiago de Chile, 2016
公式サイト:http://neruda-movie.jp/

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