実写をアニメ化する試みは成功したのか? モルモット吉田の『打ち上げ花火~』評

モルモット吉田の『打ち上げ花火~』評

 二次創作で広げた世界をいかにして閉じるか

 後半は、なじみの登場人物たちが独自に行動する二次創作として拡張された『打ち上げ花火』の世界にひたすら目を奪われる。もちろんそれはオリジナル版を台詞も暗記するほど観ているせいで、物珍しいという理由が大きいので、アニメ版から観始めた観客が受ける印象とは乖離している可能性が高い。では、この後半を手放しで楽しんでいたかというと、「もしも玉」によって、何度でも新たな〈もしもの世界〉が作られるので、何でもアリの世界へと広がりすぎ、派手で壮大なクライマックスが用意されるものの、なぜこうなったのか分からない部分が出てきて、釈然としないまま進む。

 そこでノベライズ『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(岩井俊二・原作 大根仁・著/角川文庫)で終盤を読むと、元の世界に戻る過程も含めて分かりやすく説明されている。他にもなずなの実父がなぜ灯台の下で死んでいたのか、その理由も小説では明かされているので、アニメ化の途中で行われた変更が、ファンタスティックな世界として描かれる〈もしもの世界〉を分かりにくくさせているようだ。

 ところで、アニメ版の公開に合わせて、大根版ノベライズと共に、岩井俊二によるノベライズ『少年たちは花火を横から見たかった』(岩井俊二・著/角川文庫)も発売されたが、こちらは第四章からはオリジナル版に沿って話が進むが、そこまでは『打ち上げ花火』の前日譚になっており、なずなが典道の家へ泊まりに来るという大胆な内容になっており、2人にはあの物語が始まる前にも、大きな出来事があったことが明かされる。さらに「if もしも」を使わないで、1本の長編にするという技巧も凝らしてあるので、こっちをアニメの原作にすれば良かったのにという気にもなる。

 オリジナル版へのリスペクトをこめたアニメ版を前に、原作者が大胆にオリジナル版を変型させて、もうひとつの『打ち上げ花火』を書いてしまうとは凄いが、この作品自体がテレビドラマから映画、ドキュメンタリー、別のドラマ、長編アニメ、ノベライズへと幾つもの〈もしもの世界〉を横断する不可思議な力と可能性を持っているのだろう。

 最後にラストシーンについてふれておきたい。アニメ版のラストシーンが幾つか解釈を呼んでいるようだが、新学期が始まった9月の教室という以上のことはここでは書かない。オリジナル版は花火を海岸で下から見るのと灯台で横から見るシーンで終わる。これが脚本の段階では「S85 新学期の教室」がラストシーンになっており、担任の三浦先生が「さあ、みなさん。夏休み気分は昨日でおしまいですよ。今日からはまた気持ちをひきしめてね」と生徒に呼びかけ、遅刻した典道が席に着く。その時、なずなの席を見るが、「ひとつだけあいているなずなの席を気にとめる生徒はまだいない。」というト書きで結びとなる。

 ノベライズでは、大根版は海岸の典道となずなで終わり、岩井版は典道、三浦先生と婚約者、花火師のいる海岸で終わる。夜の海岸か新学期の教室かに二分されるわけだが、もうひとつ、筆者が実は最も気に入っているのは、オリジナル版の『if もしも』枠で放送された際のストーリーテラー・タモリの後説だ。ソフト化されていないので、全文を書き起こしておくと、

「典道には2つの道がありました。祐介とのプールでの勝負がその分岐点でした。どちらの道が良かったか?その問いは愚問でしょう。何故なら、そのどちらを選択しても、結局この物語がひとつの悲しい結末にたどり着いてしまうしかないことには変わりはないわけです。その結末を典道が知るのは、おそらく夏休みが終わった9月の教室。皮肉なものです」

 意外にタモリの言葉がしみじみと余韻を残してくれる。ラストシーンもまた幾通りもの〈もしもの世界〉を提示してくれるだけに、このどれにも当てはまらないアニメ版のラストは最も意表を突き、想像をかき立ててくれるものにはなっている。

■モルモット吉田
1978年生まれ。映画評論家。「シナリオ」「キネマ旬報」「映画秘宝」などに寄稿。

■公開情報
『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』
全国東宝系にて公開中
声の出演:広瀬すず、菅田将暉、宮野真守、浅沼晋太郎、豊永利行、梶裕貴、三木眞一郎、花澤香菜、櫻井孝宏、根谷美智子、飛田展男、宮本充、立木文彦、松たか子
原作:岩井俊二
脚本:大根仁
総監督:新房昭之
主題歌:「打上花火」DAOKO×米津玄師(TOY’S FACTORY)
(c)2017「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」製作委員会
公式サイト:http://uchiagehanabi.jp/

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