“ユニバース系”が『スパイダーマン:ホームカミング』にもたらした光と影 

荻野洋一の『スパイダーマン』評

 こうして今やスーパーヒーローさえもがグローバル・スタンダードの専制のもとに管理され、手足をがんじがらめにされようとしている。「ソコヴィア協定」賛成派のリーダーであるトニー・スターク/アイアンマンにしたところで、内心は忸怩たるものがあるのは、映画を見る全観客が理解しているところだ。だから彼は、希望ある15歳の天才少年スパイダーマンには、そのようなしがらみから自由であってほしいと願ったまでのことだ。隣近所の町の人に迫る危険を救う古き良きヒーロー像を、彼はスパイダーマンの中に見ている。そんなトニー・スタークの思いと呼応するように、本作の舞台としてじつに狭い範囲にこだわっている。ニューヨークの移民が多いクイーンズ区という地域である。ニューヨークは5つの行政区に分かれており、マンハッタン、ブルックリン、ブロンクス、スタッテン島、クイーンズの5区であるが、なかんずくクイーンズは最も地味な区であって、ピーター・パーカー/スパイダーマンはこのクイーンズに生まれ、区内の理系高校に通っている。全人口の約半数が外国生まれだというクイーンズの性格を表して、クラスメートも黒人、ヒスパニックの女子だったり、ハワイアンの親友だったりする。

 さらには、スパイダーマンの敵でさえも、クイーンズ区内のローカルな悪徳企業である。彼らはもともと戦災の瓦礫を処理するまじめな業者だったのだが、トニー・スタークの関連企業と政府が合弁で起ち上げた新会社に瓦礫処理の仕事を奪われ、怨みの心をもって泣く泣く悪の道へ走ったに過ぎない。となると、そもそも悪の発生原因は、スパイダーマンの後見役であり援助者であるトニー・スタークその人ということになる。悪徳企業の工場からハドソン川をはさんで向こう岸のマンハッタンには、スターク社の美しく荘厳な社屋が見えている──。

 ヒーローたちの正義感がある種の独善性を帯び、そのためにスポイルされた庶民が生きのびるため、悪に手を染める。その悪行をまたヒーローが成敗して喝采を受ける。なにやらループしているだけではないか。ここで詳述は控えたいが、ピーター・パーカー/スパイダーマンと今回の悪のリーダーの間柄も、皮肉としか言いようのない関係性が明かされることになっている。この善と悪の閉塞的かつ相互浸透的なループ──アメリカ、国連、イスラムゲリラ、台頭する極右・ネオファシスト、北朝鮮などなど。これらの国際紛争のループ性を、スーパーヒーローの世界も忠実になぞっている。2010年代に未曾有の全盛を迎えた「ユニバース系」とは、このグローバル・スタンダード的国際紛争モデルを映す、現代社会の自惚れ鏡である。

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■公開情報
『スパイダーマン:ホームカミング』
全国公開中
監督:ジョン・ワッツ
出演:トム・ホランド、ロバート・ダウニー・Jr.、マイケル・キートン、マリサ・トメイ、ジョン・ファヴロー、ゼンデイヤ、トニー・レヴォロリ、ローラ・ハリアー、ジェイコブ・バタロン
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
(c)Marvel Studios 2017. (c)2017 CTMG. All Rights Reserved.
公式サイト:Spiderman-Movie.JP

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