松江哲明の『哭声/コクソン』評:“映画のミステリー”を成立させたナ・ホンジン監督の手腕

松江哲明の『哭声/コクソン』評:“映画のミステリー”を成立させたナ・ホンジン監督の手腕

 そして何よりも國村隼さん! ジョン・ウー監督の『ハードボイルド/新・男たちの挽歌』で、チョウ・ユンファと銃撃戦を繰り広げる殺し屋役を観たときは衝撃でした。台詞は一切ないのですが、あの“異物感”で国の枠を越えてしまう。渡辺謙さんや浅野忠信さんなど、外国語を華麗に操り、違和感なく国外の映画に出演される俳優も増えてきましたが、國村さんにはずっと外国語をしゃべってほしくない。あの存在感のままで国際的に活躍できる稀有な方だと思います。むしろ、外国語をしゃべらないからこそ、面白い。それに監督も気付いてキャスティングしている。もちろん、言語を習得して、“異物感”を取り除いた演技ができる俳優さんは素晴らしいと思います。でも、國村さんのように、“何もしない”が武器となることもあるんだなと。究極的に言えば、『哭声/コクソン』のわけの分からなさの根幹は、國村さんの演技と言っても過言ではありません。

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 『チェイサー』と『哀しき獣』の2作品は、どちらも文字取り“疾走”する映画でした。映画から溢れる躍動感を、そのまま切り取ったような撮影と編集でしたが、本作は一転してどっしりと構えている。だからこそ、じっくりと人間を映している分、観客の心にも登場人物たちの葛藤が流れ込んできます。

 それはキャラクター作りにも要因があると言えます。『チェイサー』は元刑事のデリヘル店長と優しい顔をした猟奇殺人者。『哀しき獣』は朝鮮族自治区のチンピラと、中国延辺朝鮮族自治州でタクシー運転手をする男。2作品ともハ・ジョンウとキム・ユンソクが立場を変えて演じていますが、このキャラクター設定だけを観ても、作り込んでいることがよく分かります。キャラクターの設定が複雑だからこそ、お話はシンプルにして、そこにスピード感が生まれていた。その手綱さばきの見事さが、僕が思っていたナ・ホンジン監督の魅力だったわけです。一方、『哭声/コクソン』のキャラクターたちは、主人公の警察官を演じるクァク・ドウォン、謎の男を演じる國村さん、祈祷師を演じるファン・ジョンミンにしても、みんなバッググランドがあるような複雑さがない。その分、映画自体が複雑になっている。まさに逆の作りになっています。だから、同じ監督が作っているとは思えない面白さがありました。

 エイドリアン・ライン監督『ジェイコブス・ラダー』やデヴィッド・クローネンバーグ監督『ヴィデオドローム』を観たときも感じたのですが、監督本人も作っている映画がどこに向かっているのか分からなくなってしまったのでは?とも思いました。撮影中に分かっていても、編集の段階で作品をわざと“壊す”ことは映画監督ってあるんです。もちろん、そうやって壊した映画はうまくいかないことの方が圧倒的に多い。でも、それが奇跡的に唯一無二の映画を生み出すこともあります。映画は“物語”ではなく、シーンごとに刻まれた言い様のないパワーなんだと。『哭声/コクソン』はまさにその奇跡を掴みとった作品と言えるでしょう。

(取材・構成=石井達也)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』、2017年には『山田孝之のカンヌ映画祭』の監督を山下敦弘とともに務める。山下敦弘と共同監督を務めた『映画 山田孝之3D』が6月16日公開予定。

■公開情報
『哭声/コクソン』
シネマート新宿ほかにて公開中
監督:ナ・ホンジン
出演:クァク・ドウォン、ファン・ジョンミン、國村隼、チョン・ウヒ
配給:クロックワークス
2016年/韓国/シネマスコープ/DCP5.1ch/156分
(c)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION
公式サイト:kokuson.com

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