>  > 田村千穂の『マグニフィセント・セブン』評

もしも『七人の侍』が多人種になったらーー『マグニフィセント・セブン』の圧倒的な格好良さ

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 デンゼル・ワシントンは私たちの時代のジョン・ウェインである。ジョン・ウェインとは西部劇の大スターだ。闘いのあいまに、ふとたたずむ彼の一見のんびりした大きな猫のような後ろ姿をみていると、そう思わずにはいられないのだ。カウボーイ・ハットから革のブーツまでシックな黒ずくめの彼はベルトのバックルだけを金色に光らせ、たてがみの黒いつややかな馬に乗って町を見下ろす丘の上に姿をあらわす。彼はつねに穏やかで、優しい瞳は少しうるんでいるようにみえる。

 『マグニフィセント・セブン』、崇高なる7人。正義の名で悪をおこない、弱い者たちがあからさまに辱められるこの世界で、今、それでも闘いつづけるほかない私たちへの最上の贈り物がこの映画だ。映画は、冒頭から惜しむことなくバンバン進む。羊が草をはみ、鳥がさえずるのどかな風景はほんの一瞬のことだ。爆発音が響き、悪い者たちが乗り込んでくる。教会は焼かれ、男も女も容赦なく路上で撃ち殺される。

 1879年、アメリカ西部の開拓者の町ローズ・クリークで、金の採掘のために住民を追い払おうと非道をつくす資本家を演じるのがピーター・サースガード。額にびっしり汗を浮かべながらも、しゃれたいでたちで気取った口ひげをはやし、奇妙に裏返った震え声で残虐をはたらく彼の演技も複雑でとても面白い。この男に夫を撃ち殺され、デンゼル・ワシントン演じる賞金稼ぎの治安官チザムに町の擁護を頼む未亡人を演じるのがヘイリー・ベネット。注目の女優だ。

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 『マグニフィセント・セブン』が、「今」の、そしてこれからの私たちの映画だといわずにはいられないのは、チザムをリーダーとする7人の用心棒が、黒人、白人、アジア人、メキシコ人、ネイティヴ・アメリカンと、それぞれ出自を異にする、西部劇としては破格のメンバーで成り立っているにもかかわらず、最初から最後まで違和感などまったくなく、ただひたすら彼ら7人の魅力を楽しむ以外ありえない作品だからだ。

 7人はみな非の打ちどころがなく格好良く、さらにそこに──本作の原案である『七人の侍』や『荒野の七人』ではほとんど影のなかった──女性の存在が加えられる。銃をとって闘うのが、つい昨年公開されたばかりの最強の(!)女性映画『ガール・オン・ザ・トレイン』のヘイリー・ベネットであることにちょっとふるえる。そこでは物語のかなめとなる悲しい女を演じたベネットだったが、本作では──泣き顔の魅力を引きつづき活かしながらも──長いスカートをまとったままバンバン馬に乗りバンバン(bang-bang!)銃を撃ち続ける。

 性や人種による差別が横行し、貧しい者たちがますます貧しくなっていくだろう世界で、映画をやるならまずはこれしかない……とでもいうかのように、アントワーン・フークア監督は一瞬のためらいもみせずバンバン進む。この監督が、ドンパチが大好きで大人数の銃撃戦を延々と飽かさずにみせることにきわめて長けているのはこれまでの作品をみれば一目瞭然である。それまで時には退屈だった映画も、ドンパチとなるととたんに生き生きとして画面のどんな隅っこにいる端役の演出さえ完璧に決めてみせるのだ。

      

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