『パール・ハーバー』へのリベンジ? マイケル・ベイ監督『13時間 ベンガジの秘密の兵士』は痛快!
映画人は、時にリベンジを行うことがあります。ここでいうリベンジとは、過去に失敗作の烙印を押された作品と同じモチーフ・テーマを取り上げ、それを傑作に仕上げることです。たとえばゴールデンラズベリー賞などで散々ネタにされた『ロッキー』シリーズ。あれを復活させたスタローンなどがそうでしょう。もちろん、映画人本人が「あれは失敗作だったけど、今度は上手くやったよ」と公言することはそうそうありません。すべては観客側の推測にすぎないわけですが、ある映画人のキャリアを辿って行くと、そういう「物語」が見える瞬間は確かに存在するものです。
そういうわけで、これから書くことの一部は推測の域を出ません。しかも今回取り上げる映画作品と、それを手がけた監督――マイケル・ベイは、私が二十年前から好きな監督です。正直かなり贔屓目で見ています。まずそのことを念頭に置いて、読んでいたければ幸いです。
私は、先日DVDリリースされたベイ監督の作品『13時間 ベンガジの秘密の兵士』(16年)は、間違いなく先に書いたようなリベンジ映画だと思っています。この『13時間』はベイ監督による、自分自身のある映画へのリベンジなのだと。その映画とは……題材が題材だけに本国はおろか、ここ日本でも失笑と顰蹙を買った『パール・ハーバー』(01年)です。
『パール』は第二次世界大戦の真珠湾攻撃を舞台に、男女のロマンスが展開する超大作戦争映画……という触れ込みでした。しかし、蓋を開けてみれば、酷評の雨あられ。メインプロットであるロマンスは空疎そのもの。その落とし所も含めて観客のウケは最悪でした。考証面に至っては最低限の部分すらメチャクチャであり、ミリタリー系の専門知識がどうこう以前の問題。日本軍が屋外で極秘会議を行う珍妙なシーンは、今日でも悪い意味で語り草になっています。唯一、真珠湾攻撃のド迫力な爆発シーンは評価されましたが(アカデミー音響編集賞を受賞)、それ以外は散々でした。筆者も公開当時「これはやってしまった……」と頭を抱えた記憶があります。
『13時間』は『パール』と同じく、実際にあった事件(リビアのベンガジでアメリカ領事館が襲撃され、大使ら4名が殺害された事件)を取り扱ったアクション映画です。アクション満載でジョークを飛ばしまくる映画を得意とするベイ監督にとって、戦場を舞台とするアクション映画は『パール』以来。完全なリターンマッチの形です。しかし、ベイ監督はもう前のベイ監督ではありませんでした。この映画を作るにあたって、ベイ監督は『パール』と正反対のアプローチを仕掛けました。
まず『13時間』で扱われる事件の規模は、後々への政治的な余波の大きさはさておき、戦闘機が飛び交い、戦艦が爆発大炎上する真珠湾攻撃に比べれば非常に小さいものです。描かれるのは、領事館に攻め寄せる銃火器で武装した襲撃者と、数名の兵士が繰り広げる13時間の攻防戦。これだけです。物語の構成もシンプルなもので、序盤にキャラクターや状況の説明があると、程なくして地獄の13時間が始まります。そこからは銃撃戦の合間に兵士たちのちょっとしたやり取りが挿入されるのみ。そんな中でしっかりと、個々のキャラクターの魅力と、兵士たちの友情を描いていきます(ただ全員ヒゲ面に短髪なので見分けが付きにくいのが難点ですが)。「次の襲撃には、もう耐え切れないかもしれない」そんなときに一人の男が漏らす呟きが胸に染みる……そんなささやかだが胸に来るシーンが多いのです。キャラがハイテンションで喋りまくるベイ監督の映画では、異例と言っていいほど静か。「静」の部分が非常に多い映画です。
また、この「静」に重きを置くことによって、緊張感が全編にみなぎっています。誰が敵で味方か分からないというシチュエーションや、随所に挿入される情け容赦ないショックシーンも相まって、「決着」に向けてこちらの緊張もドンドン高まっていきます。
そして同時に、ベイ監督のお家芸、すなわち「動」=「アクション」「銃撃戦」「爆破」の迫力も「静」があるからこそ一層際立っています。中盤のカーチェイスはベイ監督の本領発揮と言っていいでしょう。スピルバーグをして「車をかっこよく撮らせたら彼は凄い」と言わしめる手腕を存分に楽しめます。銃を撃ちまくる姿もイチイチ決まっていますし、地面を跳ねまわるロケット弾など、あまり見ない珍しいビジュアルも次々と出てきます。何かと一本調子と言われがちなベイ監督ですが、本作は静と動の対比が強烈です。
そして本作は最後まで、あくまで戦場という「現場」に集点を絞り、戦闘の爽快感よりも、13時間ぶっ続けて戦う疲労感が強調されています。神経がスリ減り、絶望がドンドン深まっていく。私は見終わったあと、自動車の講習ビデオ(事故の加害者と被害者の悲惨な境遇を描くやつ)よろしく「こうはなりたくない」という気持ちになりました。本作に対して政治的な方面からの批判は当然あるでしょう。実際の事件の映画化である以上、どうしても視点は偏りますし、アメリカが大統領選で揺れまくっている時期に公開しているので、それは避けられません。しかし、ベイ監督が「戦場の苛酷さ」を真剣に描こうとしているのは伝わるはずです。そんな徹底してこちらのメンタルを削る展開が続くからこそ、最後の最後のカタルシスたるや。少なくとも『パール』とは比較になりません。