『オオカミ少女と黒王子』なぜヒット? 少女マンガ原作映画の流行と廣木隆一監督の演出術から探る

門間雄介が『オオカミ少女~』のヒットを分析

 2000年に公開された彼の監督作『東京ゴミ女』は、三池崇史、行定勲ら6人の監督たちが当時としては斬新なデジタル撮影で、それぞれの愛の物語を描く「ラブシネマ」という企画のひとつだった。そこに自らの奔放な性体験を語る、ぶっきらぼうな女性キャラクターが登場する。初めて映画で目にする彼女の魅力に心奪われ、その女優の動向を気にかけていると、彼女は瞬く間に『バトル・ロワイアル』『GO』といった作品で名を成していった。柴咲コウだ。『東京ゴミ女』のファーストインプレッションがなにより鮮烈だったので、本人に一度聞いてみたことがある。

――僕は柴咲さんが初出演した『東京ゴミ女』、あの映画を観たときから、この人はなにかを放ってるなと思ってて。

「ああ、そうですか。あれねえ、本当に初めての映画で。ワケもわからないまま『お疲れさまでした』ってなって(笑)。でも、監督の廣木(隆一)さんが好きで、撮られていて自信が付くっていうか。女優さんを引き立たせる監督さんって、きっとそういう人だと思うんですよ」(『CUT』2005年9月号)

 滝田洋二郎らと同じピンク映画の第3世代としてデビューした廣木は、1990年代半ばに商業映画へ転じたあと、女性の主人公が印象的なラブストーリーで実力を発揮していった。赤坂真理の小説を映画化した2003年の『ヴァイブレータ』は、寺島しのぶが大胆な濡れ場に挑み、彼女に多くの映画賞を授けるなど、その女優としての才能を世に知らしめた1作だ。そして2009年、『余命1ヶ月の花嫁』でいわゆる売れ線のメジャー作品にまで活動の場を広げると、彼はいま最前線で活躍する女優たちを次々と演出していくことになる。榮倉奈々(『余命1ヶ月の花嫁』『だいじょうぶ3組』『娚の一生』)、蒼井優(『雷桜』)、宮﨑あおい(『きいろいぞう』)、桐谷美玲(『100回泣くこと』)、前田敦子(『さよなら歌舞伎町』)、有村架純(『ストロボ・エッジ』)といった面々だ。前田は廣木の演出法についてこう言っている。

「詳しいことは何も言わずに、ただ『もう1回』って(笑)。~だからとりあえずがむしゃらになるしかないっていう感じでした」

「たとえ時間がなくても、いいものが撮れるまで、じっくり向かい合ってくれる監督なんですね。タイトな撮影日程の中、これでもかというくらい時間を掛けてくださいました」(『さよなら歌舞伎町』パンフレットから)

 他の女優たちもこんなことを口にする。廣木に言われたのはただやりすぎないようにということ。現場では廣木にほめてもらったことなんて一度もない。でも芝居と真摯に向き合うまたとない経験ができた、と。女優を引き立たせる技は、そのように粘り強く厳しい、役者自身を触発するような演出のうちにあった。桐谷がその後、24.3億円の興収を上げた『ヒロイン失格』(英勉監督)に主演し、有村と福士蒼汰が主演した『ストロボ・エッジ』が23.2億円の興収を記録したことを考えれば、少女マンガ原作の恋愛映画ブームに実は廣木と彼が育てた俳優たちが一役買ってきたのだと理解できる。

 『オオカミ少女と黒王子』には、ほかにも廣木作品らしさがちりばめられているが、洗練を感じさせるのは音楽だ。もともと1993年のオリジナルビデオ作品『魔王街 サディスティック・シティ』でジョン・ゾーンを音楽に起用し、今年放送されたTVドラマ『美しき三つの嘘 炎』ではヴェルヴェット・アンダーグランドやきのこ帝国の楽曲を使用するなど、音楽の使い方には一家言あった。『オオカミ少女と黒王子』では二階堂が「今夜はブギーバック」を口ずさみ、『ストロボ・エッジ』などで手を組んできた世武裕子が胸の浮き立つような劇伴を重ねている。映画が躍動的に、若やいで見えるのは音楽の力も大きい。

 渋谷など街の様子を引きの長回しでとらえた映像も廣木ならではだ。これは彼が総監督を務めたNetflixのオリジナルドラマ『火花』や、再び有村架純を起用した映画『夏美のホタル』でも存分に効果を発揮している。『火花』では夜の吉祥寺を、『夏美のホタル』では夏の田舎町を、カメラがロングショットで収めると、そこにじりじりと情感が充填されていく。そしていまにも溢れそうになった瞬間、登場人物は走りだす。その足で大地を蹴り、自転車やバイクを転がしながら。廣木作品のトレードマークになっている二人乗りは、『火花』では芸人二人組がまたがる自転車に、『夏美のホタル』では恋人同士の乗るバイクに変奏され、ここでもまたみずみずしい叙情を響かせた。ちなみに『火花』は、『日本で一番悪い奴ら』の白石和彌監督や『モヒカン故郷に帰る』の沖田修一監督らが確かな演出の腕を見せ、林遣都、波岡一喜の渾身と言っていい芝居を記録した点でも特筆に値する。『夏美のホタル』に満ちているのは、木漏れ日差す森の湿った土の匂いみたいな、どこかノスタルジックな空気だ。

 それにしても『オオカミ少女と黒王子』『火花』『夏美のホタル』と、いずれも水準の高い作品を5月下旬から6月上旬の短期間にまとめて発表した廣木隆一の壮健さと言ったら、いったい。

(※1:NHKのTVドラマは除く)

■門間雄介
編集者/ライター。「BRUTUS」「CREA」「DIME」「ELLE」「Harper's BAZAAR」「POPEYE」などに執筆。
編集・構成を行った「伊坂幸太郎×山下敦弘 実験4号」「星野源 雑談集1」「二階堂ふみ アダルト 上」が発売中。Twitter

■公開情報
『オオカミ少女と黒王子』
新宿ピカデリーほか全国公開中
出演:二階堂ふみ、山﨑賢人、鈴木伸之、門脇麦、横浜流星、池田エライザ、玉城ティナ、吉沢亮、菜々緒
原作:八田鮎子作「オオカミ少女と黒王子」(集英社「別冊マーガレット」連載)
監督:廣木隆一
脚本:まなべゆきこ
音楽:世武裕子
主題歌:back number「僕の名前を」(ユニバーサル シグマ)
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)八田鮎子/集英社 (c)2016 映画「オオカミ少女と黒王子」製作委員会 
公式サイト:ookamishojo-movie.jp

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