94歳のファッション・アイコンが世界中の女性からリスペクトされる3つの理由

94歳のファッション・アイコンの魅力

 94歳のファッションアイコン兼現役実業家のアイリス・アプフェルを捉えたドキュメンタリー映画『アイリス・アプフェル!94歳のニューヨーカー』が、3月5日から公開されている。同作が特に多くの女性から支持されている理由を、ファッション広告のクリエイティブディレクション&エディット等を手掛ける宮坂淑子氏が解説する。(編集部)

「ダウンタウンは皆、制服みたいで面白くない」
「子供は望まなかった。私はキャリアと旅を選んだ」
「これを手放すと思うと胸が張り裂けそう!」(700平方メートルの倉庫に眠る私物を前に防塵マスクをつけて)

 こんな胸をすく台詞を次々と吐き、94歳の“ファッション・アイコン”としてモード界の重鎮たちに崇拝されている人物が、アイリス・アプフェルだ。ジェナ・ライオンズ(今をときめくJ.CREWのCEOにしてコレクションスナップのクイーン)、タヴィ・ジェヴィンソン(わずか11歳にしてブロガーデビュー。各国コレクションでフロントロウを飾って来たアンファンテリブル)、ブルース・ウェーバー(天才写真家)、ドリス・ヴァン・ノッテン(エディターなら絶対に1枚は持っているパリコレクションのハイライトを飾るデザイナーの一人)などなど、錚々たる人物が彼女へのリスペクトを惜しまない。

 映画『アイリス・アプフェル!94歳のニューヨーカー』は、2005年、メトロポリタン美術館で開催されたファッション・コレクションで驚異的な動員数を叩き出し、84歳で不動のファッション・アイコンとなった彼女の半生を描き出した作品で、公開間もなくして、モード界のみならず世界中の女性達から“生きる元気をもらった”と口々に絶賛されている。今作が多くの女性から支持された理由を、3つの視点から紐解いてみよう。

その1:脱!ノームコア、「ファッションは楽しい!」

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 スティーブ・ジョブズがその旗手となり、老若男女問わず、世界中を巻き込んだノームコア(この語源はNYハイブリッドな集団で知られるK-HOLE。そのディープな意義はこちらから→https://wired.jp/2015/01/27/normcore/)。その“究極に普通の洋服が最高にカッコいいぜ!”というスタイルがブームとなる一方、モード界でも“突き詰めるとファッションとは、シンプルかつベーシックに辿り着く。だってファッションを表現するものたちは黒幕でいいのだから”と、NYやパリほか各国コレクションで最後にランウェイに登場するデザイナーたちの、奇のてらいもない私服に注目が集まっていた。エディターやブロガーたちも、そのスタイルこそがモードの最終地点なのでは?と、ここ数年はこぞってシンプルなスタイルを突き詰めて来た(そのスナップはこちらから→https://www.vogue.co.jp/blog/voguegirl-editors/archives/316)。けれど、“やっぱりファッションって楽しくなくっちゃヤバいんじゃない? だって、女性たるものおしゃれじゃなくっちゃ。やっぱりちゃんとおしゃれしようよ”という気運が、ストリートでも、今まさに開催されているパリコレクションでも復活の兆しを見せ始めている。(その事実はこちらから→https://www.vogue.com/slideshow/13409991/street-style-paris-fashion-week-fall-2016/#1)だからこそ、アイリス・アプフェルのポップなスタイルは再注目されているのでは。

その2:脱!断捨離、「モノは持てるだけ持っていい!」

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 断捨離ブームが続き、物を所有すること、毎日の生活をカラフルに彩ることに罪悪感を感じざるを得ない女性は少なくないだろう。しかし彼女は、700㎡の倉庫、マンハッタンのアッパーイーストサイドという最高級住宅街の広ーい自宅、さらにはフロリダのパームビーチの高級アパートメントに、洋服やアクセサリーを、ラックからぎゅぎゅっと溢れ返るほどに所有している。「ひとつだって捨てられないわ。だってすべてに思い入れがあるもの」と、高級な家具や、カーミットやスヌーピーといったキャラクターたちに囲まれた彼女はいう。独自のセンスで広がる“楽しそうで、幸せそうな”インテリアの描写に、「やっぱり物は、持ってていいんじゃない?」と安堵する自分を見つけてしまうはず。

その3:脱!妊活、「子供を持たない人生もアリ!」

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 そんな彼女は、元祖バリキャリ女性。夫と手掛けたインテリア会社は成功を収め、ホワイトハウスの装飾から各美術館の装飾と恐ろしいキャリアを積む一方で、「私の人生に子供は望まなかった。全てを手に入れるのは無理だから、キャリアと旅を選んだの」とおよそ70年前に“産まない人生”を自ら選択。昨年101歳で逝去した夫とは常に仲睦まじく、キスを重ね、その永遠なる濃厚な愛をフルに謳歌した。(夫は彼女を写すために常に3台のカメラを旅の共にしたという事実にのけぞり!)そう、産まなくたって女は幸せ。世界中の女性たちが胸に抱える得体の知れないモヤモヤを消し去り、幸せの証人となっているからこそ、彼女はリスペクトされ続けるのだろう。

 とかく、“ファッション・ドキュメンタリー映画の真骨頂”と言われがちな今作だが、モード従事者である人にもそうでない人にも、現代の“女のケモノ道”を歩む女たちに「やっぱり!」と大きな頷きを与えてくれる。それこそが、この映画の最大の魅力なのではないかと思う。

■宮坂淑子
編集者。大学時代よりライターをスタートし、ロッキング・オンH、エル・ジャポン、エル・ガールにてファッションとカルチャーページを担当。エル・オンライン編集長を経てVOGUE girl編集長に。現在コンデナスト・スタジオにてクリエイティブ・ディレクターとして2015A秋冬BEAMS広告ビジュアルほかファッション広告のクリエイティブディレクション&エディット等を手掛けている。

■公開情報
『アイリス・アプフェル!94歳のニューヨーカー』
3月5日(土)より角川シネマ有楽町ほか全国ロードショー
監督・撮影:アルバート・メイズルス
原題:IRIS/2015/アメリカ/英語/カラー/ビスタ/5.1ch/80分/G
配給:KADOKAWA
(c)IRIS APFEL FILM, LLC.
公式サイト:irisapfel-movie.jp

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