宮台真司の月刊映画時評 第2回(後編)
宮台真司『ドローン・オブ・ウォー』評:テクノロジー使用がもたらす人倫破壊に対する、強力なる人倫の擁護
倫理を描く映画が続々と作られる
原田監督にも同じ倫理観を感じます。『狗神』でも、「狗神が見える」という人を、「いないに決まっているぜ」と未開人扱いするのでなく、評価を保留します。同じ視線が宮城反逆事件についても注がれます。若手将校たちを暴発的キチガイだと描くのでなく、単純にそう受け取れない演出になっています。ただし、若き将校畑中健二を演じた松坂桃李が「役柄に共感できなかった」と話すように、僕が教えている院生たちの多くも「キチガイにしか見えなかった」と言います。観客の多くもそうかも知れない。
これは、原田眞人監督の問題と言うよりも、観客の資質の問題でしょう。戦争を描いた映画ではないものの、同じく観客の資質を問いたくなるのが、押井守ファンの間ではスキャンダラスな作品となった『東京無国籍少女』(7月25日公開)です。女子美術高校に通う天才少女が、才能ゆえに陰湿ないじめを受け、現実から隔離された閉ざされた世界でまどろんでいるのですが、これまでの押井作品から明確な転向が見られます。すなわち、そうした繭の中でのまどろみが徹底的に否定されるのです。
押井は監督・脚本を務めた『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年)から一貫して、「現実はクソである以上、夢であろうが仮想現実であろうが、繭の中に閉じ込められて生きていくほうがずっと良い」ということを描き続けてきました。ところが、『スカイクロラ』(2008年)でバーチャルな繭は地獄だと示しつつ脱出路を示さないままだったのが、『東京無国籍少女』ではついに「私は兵だ」という認識こそが繭という地獄からの脱出路になることが示されます。まどろみが否定される理由は、倫理です。
「まどろむお前はいいが、それで人が救えるのか」という倫理です。日本だけでなく、この数年こうした倫理を前面に押し出す作品が目立ちます。典型がアリ・フォルマン監督の『コングレス/未来学会議』(6月20日公開)。スタニフワフ・レムの原作では夢と現実という区別が消えた未来が描かれていますが、映画では敢えて「それでも現実はある」と踏み留まります。一見保守的に見えますが、かつて戦地での大虐殺に関わりながら記憶を喪失した監督自身をえぐった『戦場でワルツを』の延長上に展開するラディカリズムです。
メタファーをスルーする観客たち
2001年9月11日以降の国際情勢を背景にしたものでしょうが、今回は踏み込まないでおきます。「まどろむお前はいいが、それで人が救えるのか」という倫理は、『コングレス』よりも説明不足なものの『東京無国籍少女』にも描かれます。押井監督は本作について全てが解釈可能なメタファーとして作られていると公言しています。なのにメタファーの解読に踏み込んだレビューは僕がウェブで公開している批評(参考:押井守監督『東京無国籍少女』について書きました)を除けばありません。押井監督も手応えがないでしょう。
説明不足と言いましたが、『東京無国籍少女』は押井監督らしく「わかりやすく作ろう」というモチベーションが皆無ですが(笑)、それでも観た後に納得が訪れます。「平和ボケはもうイヤだ」「夢の繭にまどろむのはやめたい」「オレたちは兵だ」と。当然、安倍晋三の「戦後レジームの脱却」とどこが違うんだということになります。それに対する回答は一見すると映画の中にはありません。本来はそれを観客が考え、観終わった後にディスカッションすべきです。でも99.9%の人はこの映画が戦後批判であることを読解できていません。
そうしたディスカッションの素材になるような検討を、やはりウェブで公開した批評(参考:押井守監督『東京無国籍少女』について書きました(後編))で行なっているので、参考にして下さい。僕が10年以上前から言っているように、映画上映の前にプレトークをきちんと行い、観客を育てないといけないな、と改めて思いました。そうしないと、せっかくメッセージが満載の映画を作った映画監督がかわいそうです。興行に関係する方々に真剣に考えていただきたいと思っています。
(取材=神谷弘一)
■宮台真司
社会学者。首都大学東京教授。近著に『14歳からの社会学』(世界文化社)、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』(幻冬舎)など。Twitter
■公開情報
『ドローン・オブ・ウォー』
10月1日(木)、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー
監督・脚本:アンドリュー・ニコル
出演:イーサン・ホーク、ブルース・グリーンウッド、ゾーイ・クラヴィッツ、ジャニュアリー・ジョーンズ
提供:ブロードメディア・スタジオ/ポニーキャニオン
配給:ブロードメディア・スタジオ
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公式サイト:www.drone-of-war.com