『ここさけ』が描く、残酷で美しい世界 「逃げ道」のない物語に込められた意志とは

『ここさけ』が描く残酷さと美しさ

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 思えば、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』も、言葉のすれ違いを描いた物語だった。あのとき言えなかった「言葉」たち。少女の死によって永遠に失われてしまった「言葉」に呪縛され続ける登場人物たちの葛藤。「泣いた!」「感動した!」……『あの花』は、疎遠になった幼馴染たちが、再び集結して旧交を温めるといった生半可な話ではなかった。「言葉のすれ違い」こそが、物語の核だったのだ。これは推測に過ぎないが、作り手たちの心残りは、そこにあったのではないだろうか。「泣いた!」「感動した!」というひと言では、けっして片付けられないような、言わば「逃げ道」の無い物語を構築してみせること。だからこそ、『ここさけ』は予想以上にハードだ。「歌に乗せて気持ちを伝える」というプロットは、あくまでもブリッジに過ぎない。そう、ミュージカルという「装置」は、単なる触媒に過ぎないのだ。それを契機として、登場人物たちは、それぞれの本当の「思い」を目の前の相手にぶつけるようになる。その「言葉」は誰かを傷つけることになるかもしれない。実際、そうした「言葉」によって、自分たちは傷つけられてきた。しかし、そんな現状を打破するためには、やはり「言葉」を紡いでゆくしかないのだ。

 ちなみに、本作の英語タイトルは、「Beautiful Word Beautiful World」となっている。一見すると静的なイメージを持つこのタイトルだが、映画を観たあとは、その言葉にかなり動的な意志が込められていることが分かるだろう。「美しい言葉と美しい世界」ではなく、「美しい言葉こそが、美しい世界を作る」のだ。そんな作り手側の信念が、激しく伝わって来るタイトルだと思う。インターネットの世界もそうだけど、「言葉」は常に、誰かを傷つける可能性を持っている。しかし、それを恐れるばかりでは何も変わらないのだ。渾身の意志を持った「言葉」……「心の叫び」によって、他者と刹那のコミュニケーションを取ろうとすること。それは失敗の連続かもしれない。あるいは傷つけ傷つけられるだけなのかもしれない。だけれども、しかし……そんな不屈の意志が、本作には込められているのだった。残酷な世界のなかで、瑞々しく弾け散る青春群像劇。その技術的なことはもとより、日本の長編アニメが描き出す人間ドラマは、もはやここまで来ているのか……そんな驚きとともに最後、今年観た邦画のなかでダントツに心が震えた一本だったことを、ここに記しておきたい。

(文=麦倉正樹)

■公開情報
『心が叫びたがってるんだ。』
全国公開中
キャスト:成瀬順:水瀬いのり/坂上拓実:内山昂輝/仁藤菜月:雨宮 天/田崎大樹:細谷佳正/城嶋一基:藤原啓治/成瀬泉:吉田羊
監督:長井龍雪
脚本:岡田麿里
キャラクターデザイン・総作画監督:田中将賀
音楽:ミト(クラムボン) 横山 克
主題歌:乃木坂46 「今、話したい誰かがいる」 (ソニー・ミュージックレコーズ)
原作:超平和バスターズ
制作:A-1 Pictures
配給:アニプレックス
製作:「心が叫びたがってるんだ。」製作委員会
(アニプレックス/フジテレビジョン/電通/小学館/A-1 Pictures/ローソンHMVエンタテイメント)
(C)KOKOSAKE PROJECT
公式HP:http://kokosake.jp

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『心が叫びたがってるんだ。』オリジナルサウンドトラック

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