第172回直木賞の注目ポイントは? 書評家・杉江松恋「いずれも着実に作品を発表してきた実力派」

 もっとも、杉江氏が冒頭に「どの作品が選ばれてもおかしくない」と語ったように、残る二作も侮れない。『藍を継ぐ海』の伊与原新は、前作『宙(そら)わたる教室』がNHKでドラマ化されており、勢いがある。

「伊与原さんは理系(※東京大学大学院・理学系研究科博士課程を修了)の作家で、人間ドラマに科学の見識を合わせて、新しい視点を与えています。そのなかで、『藍を継ぐ海』は悠久の時を描くロマンティシズムがどう評価されるか。受賞の可能性は十分ありますが、“学校小説”というフックがあった『宙(そら)わたる教室』でノミネートされていたら、もっと強かったかもしれません」

 さらに、今回の候補作で唯一の時代小説となった木下昌輝『秘色の契り 阿波宝暦明和の変 顛末譚』。杉江氏も「水準の高い時代小説」と評価するが、王道のお家騒動を正攻法で描いたことがどう評価されるかが、難しいところだという。

「木下さんは当初、トリッキーなプロットの時代小説で評価されました。2012年にデビュし、第152回(2014年下半期)という早い段階で直木賞の候補になってから、正攻法の路線に進んだ印象です。今作はストレートなお家騒動もので、キャラクターの面白さがフックになったいい作品ですが、“目を惹く特徴”という面で、他の作品と比較すると少し損をするかもしれません」

 第172回直木賞は佳作揃いでレベルの高いレースになりそうだ。選考会は2025年1月15日に行われる。

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