連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2024年5月のベスト国内ミステリ小説

酒井貞道の一冊:川瀬七緒『詐欺師と詐欺師』(中央公論新社)

 詐欺師同士のバディもので、主人公は百戦錬磨で感情のコントロールも計画性もばっちりなタイプ。片や相棒は、復讐のため詐欺師をやっており、目の前のことに飛びついて後先考えないなど短兵急、論理的思考にも中長期的な視野にも欠ける。主人公は初対面だった相手のことを放っておけないと、お節介にも手ほどきを始めてバディになっていく――のだが、そこは二人とも詐欺師、これは双方の騙し合いと化すかなと身構えていたら、その「構え」ごと巴投げされて、話はとんでもない方向に転がっていく。終盤などほぼホラーだと思うんですよ。

藤田香織の一冊:神山裕右『刃紋』(朝日新聞出版)

 『カタコンベ』で乱歩賞を史上最年少で受賞しデビューした神山裕右の、実に13年ぶりになる新刊だ。名古屋で探偵社営む草莱一子ものもとへ、奇妙な書簡を携えた女性が独逸からやって来る。草莱は、旧知の男の娘だというその女性から、日本人ある実母の行方を探して欲しいと依頼されるが、どうにも気が進まない。草莱には「この依頼を受けることで、パンドラの匣をひらくことになるような」気がしていた。結果的に、その予感は当たるのだけれど、大正末期の時代背景とあいまって、凄まじい「世界」を見せられた強烈な感慨が読者にも残る。

 上手い!

杉江松恋の一冊:荻原浩『笑う森』(新潮社)

 自閉症スペクトラム障害を持つの真人が森で行方不明になる。誰もが生存を危ぶんだが、1週間後、5歳の少年は無事に帰ってきた。叔父の冬也は空白の時間に何があったかを調べ始める。真人の母・岬がインターネット上で根拠のない理由で批判され、炎上していたためだ。装丁や帯からはわからないが、その時何が起きていたのか、という謎を探る立派なミステリーで、現在と過去を往復しながら作者は森の中で起きていたことを再現していく。複数の登場人物を配した話運びに引き込まれた。さすが荻原浩、スリラーのお手本というべき一作である。

 同一主人公の連作短編集や美術ミステリー、詐欺師小説に昭和初期を舞台にした私立探偵小説と、今月もさまざまな作品が挙げられました。ぜひ読書の参考にしてください。来月もこの欄でお会いしましょう。

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