杉江松恋の新鋭作家ハンティング 狭い世界の“残酷さ”を巧みに描き出す、朝霧咲『どうしようもなく辛かったよ』

 ここまで読むと作者の狙いははっきりしてくる。第一章で描いたのは登場人物たちの外面であり、誰からも望まれる物語だ。ここだけを取り上げていけば、美しい部品だけで世界を構成することができる。だが作者はそれをせず、第二章からは個々の登場人物に寄って、ぼそぼそと呟く本音に耳を傾けた。そのことによって彼らが生きている現実を、残酷なほど克明に浮かび上がらせていこうとしているのだ。自分は狭い世界に生きていて、そこから出ることもできないらしい、という息苦しさが、切羽詰まった形で突き付けられる。世界が美しくないという事実を、ここまでの説得力をもって語られるとは。

 第三章の語り手である愛美は第一章に登場しない唯一の人物だ。不登校のためずっと家にいるからである。美しい物語を他の視点人物と共有すらしていない愛美は、自分の学校生活は早送りのようなもので「ダイジェストで処理したら、本編には何も残らない」と考える、最も悲観的な語り手だ。彼女の目には、他の視点人物がそう見せようとしている美しい物語はまったく意味のないものに映る。この愛美の章を小説の折り返し点に持ってくる作者の選択は非常に正しく、この第三章で小説の絶望感は底を打ったかと思わせておいて、次の第四章で底の底を見せるという展開もいい。第五章の章題が本の題名になっている「どうしようもなく辛かったよ」なので、これだけのものを見せておいて、最後はどんな〆方をするのだろう、と興味津々で読んでしまった。つまり作者にまんまと乗せられた。

 素晴らしい語りだ。そして、帯で選考委員の宮内悠介が書くように「思想があると感じさせられる」ものがある。声高に主張するわけではなく、作者は物語全体で現代を表現しようとしているのだと納得させられる。登場人物が中学生であることにきちんと意味があり、その年齢であるがゆえに行き当たってしまう世界の残酷さも描かれる。小説が世界の似姿として成立しているのだ。

 作者はこれがデビュー作で、受賞時にはまだ高校三年生だったという。なんと。

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