本を読まない人に向けた本作りでベストセラー多数! サンクチュアリ出版・橋本圭右編集長インタビュー
『夜回り先生』の成功が転機に
――そんな迷走から抜け出せたきっかけは、何だったのでしょうか。
橋本:個人的には、深夜の繁華街で傷ついた若者たちに優しく声をかけ続ける高校教師、水谷修さんの『夜回り先生』のヒットが一番のきっかけだと思っています。水谷さんは既に本は何冊か出されていましたが、そのどれもがいわゆる「教育書」でした。サンクチュアリ出版はずっと「20代向け」の本を作っていたので、「20代に届く本を出しませんか?」と提案したところ、気に入っていただいて。会った翌日に水谷さんの故郷の山形に連れていかれました(笑)。言ったからにはどうにかして20代にウケる本にしなきゃと、表紙の写真や本文の見せ方とか、できる限りの工夫をして作りました。まさか売れるとは思いませんでしたが……発売日当日に社内の電話が鳴り止まなかったのは良い思い出です。
――この成功は、サンクチュアリ出版のその後の方向性を決めたといえますね。
橋本:そうですね。学校の先生が教育論的な本を出せば、教育への関心が高い人向けになってしまいますが、僕たちはそうではなく、「教育に関心がない人たち」に向けた本をつくることで、サンクチュアリ出版の存在意義を生み出せるということに気づいたのです。そこから「興味がない人に向けて、わかりやすい本を作ろう」という考えにつながり、「本を読まない人のための出版社」という会社のコンセプトが固まっていきました。
――教育に限ったことではありませんが、2000年代初頭くらいまでは、専門性の高い分野はそれこそガチガチに専門性が高すぎる本が主流でした。専門家と一般人の間をつなぐ本は少なかったですよね。
橋本:景気が良かった時代は、どんなジャンルでも「わからないヤツはダサい」「わかるヤツだけわかればいい」という風潮があって、それは出版界にも当てはまっていたような気がします。本は「本の内容が理解できる人のためのもの」であって、誰でも読めるような本は「軽薄なノウハウ本」として区別される傾向があった。そこで、サンクチュアリ出版は好きなものを探している人の懸け橋になるような本を作ろうと。専門的な内容をわかりやすい言葉に変換し、あらゆる読者にとっての「その分野に踏み出す一歩」になるような本作りをしていこうと考えたんです。
ビジネス書のスタイルを変えた一冊
――その後、サンクチュアリ出版の経営は軌道に乗り始め、ヒット作を連発していきます。橋本さんにとって、思い出深い本を挙げるとすれば何でしょうか。
橋本:山崎拓巳さんの『やる気のスイッチ!』ですね。従来のビジネス書は、経営者や一流企業のビジネスパーソンに向けたような立派な内容のものが多かったのですが、僕たちはごく普通に仕事をしている同世代に向けて、できるだけ内容を噛み砕き、無駄な文章を削ぎ落とし、かわりにビジュアル要素を増やし、「わ、読みやすい!」「めちゃ面白い!」と思ってもらえるような、ビジネス書を作りはじめました。当時、“ファンキービジネス書”などと勝手に命名していましたが(笑)。その集大成となったのが『やる気のスイッチ!』だったと思っています。
――『やる気のスイッチ!』は、現在のビジネス書のルーツといえる本だと思います。
橋本:著者の山崎拓巳さんがまさに要約の天才だったんです。本にすれば何十冊にもなりそうな内容を「ポイントを絞ったら、これだけで良くない?」といわんばかりに、驚きの短い文章で説明してくださいました。またデザイナーの井上新八さんは「新しさ」と「おしゃれさ」と「わかりやすさ」を同居させられる天才で、ほとんど文字がないのに、深く内容が伝わるような、美しいデザインを施してくれました。今思えば、すごい本ですよね。当時ではありえない本の作りだったし、デザインでした。
――素晴らしいですね。そして、本を店頭に置いてもらうために、あの手この手で営業をされるのもサンクチュアリ出版の強みですよね。
橋本:普通の出版社はいわゆる「本が好き」な人が入社することがほとんどだと思うんです。でも元々サンクチュアリ出版は「本が好き」という理由で入ってきた人間が少ないんです。だから、営業の担当者は、本好きにしかわからないような本には見向きもしない、わかりやすいものにしか反応してくれない(笑)。意見も遠慮なく「わからない」「ピンとこない」と、ストレートに言うんですね。そして、営業は自分自身の言葉で、その本の良さを語れるくらい納得できるまで、営業を開始してくれないのです。『やる気のスイッチ!』のときもそうでした。心を切り替える方法を伝える本だったので、当初の仮タイトルは『メンタルマネジメント』だったのですが、それだと「いまいちよくわからない」と。
「じゃあなんだったらわかりやすいのか」「それを考えるのが君の仕事だろう」と、営業部と何度も言い合った結果、「切り替えるなら『スイッチ』じゃない?」というアイディアが副社長からポンと出て、『やる気のスイッチ!』というタイトルになったのです。
――営業が理解できる本は、読者にも伝わりやすい本であると。
橋本:そうだと思います。「一番最初の読者」みたいな存在ですからね。うちの営業は全員その役割を全うしてくれます。そして、一度納得してくれたら、ずっと熱心に売り続けてくれます。発売から何年も経った頃、なんなら編集者がその本の存在を忘れかけた頃にも、新しい営業ネタを見つけてきては、書店さんから注文を取って、売り伸ばしてくれたりしています。他の出版社もそうかもしれませんが、うちの営業は、一冊一冊を自分のものにして、自分の言葉でその魅力を語ってくれる。売れている本だけではなく、どの本でも、一冊でも多くの本を売ろうとしてくれます。