歴史小説家・今村翔吾「司馬遼太郎に全面対決を挑む」 初のビジネス書に込めた熱い想い
5年以内に司馬遼太郎に全面対決を挑む
――本書の面白いところは、歴史小説のガイドブックであると同時に「第6章 歴史小説 創作の舞台裏」のように、今村さん自身の創作の秘密が率直に語られているところにもあると思います。
今村:僕はあまり秘密主義者じゃないんです。昔は創作の裏側は秘密にするのがカッコ良かったのかもしれないけれど、今は何でも共有する時代じゃないですか。だから僕も自分が持っているものを共有してみたかったし、そこで僕の方法論を他の作家に真似られたとしても、負けない自信もあった(笑)。本書からいろんなものを吸収して、新しい作家が出てきたらそれはそれで嬉しいし、僕自身がそれを読んでみたいという想いもあります。
――なるほど。やっぱり今村さんは、歴史小説の「書き手」である以上に、熱心な「読み手」であるという意識が強いんですかね。
今村:やっぱり、好きなんでしょうね(笑)。単純に好きですし、面白い歴史小説ってまだまだいっぱいありますから。特に僕の読者さんには、僕の作品しか読んでないという方が多いみたいで、それはそれでありがたいけれど、ちょっともったいないなと。というのも、今村翔吾にはオリジナリティもあるけど、それ以上に、模倣と発展の作家だと思っているんです。つまり、僕の頭の中には大量の作家が生きていて、今回は北方謙三風でいこうとか、この章の終わりは藤沢周平のような余韻を残そうとか、そういう感じで執筆している。だからこそ、僕の原点となっている作家たちを、この機会にちゃんと紹介したかったんです。
――なるほど。元ネタを知っていたほうがより面白いというか、それも先ほどの教養の話と同じなんでしょうね。そのほうが「楽しみの回収率が上がる」という。
今村:そうそう。音楽とかも同じかもしれませんが、最初は先人の模倣というか、いわゆる「守破離」で発展していくものだと思います。僕は先人の教えを守ること――「守」に関しては、これまでずっとやってきたつもりです。ただ、直木賞を獲るためには、どこかでそれを打ち破ること――「破」が必要だと思い、『塞王の楯』でそれもある程度はできた。今度はそういうものから離れて、何か新しいものを打ち立てるとき――これから5年後ぐらいに、きっとそういう「離」の時期が来ると思っているんです。だからこそ、このタイミングで少し方向性が異なるものを書いておきたかった。実は僕、あと5年ぐらいの間で司馬遼太郎に全面対決を挑むつもりなんですよ(笑)。
――ほう。それは、どういうことでしょう?
今村:坂本龍馬と言えば、いまだに司馬遼太郎の『竜馬がゆく』のイメージが強いじゃないですか。勝てるか勝てないかは関係なく、そのイメージを変えるための戦いを挑みたいんです。もちろん、司馬遼太郎に比べたら今村は薄っぺらいとか、一体何を言い出してんだと言う人もいるでしょう。しかし、司馬さんたちもその上の世代の人たち――僕の分類で言ったら「第二世代」の吉川英治とかに戦いを挑んできたわけですよね。にもかかわらず、なぜか司馬遼太郎の存在だけが大きくなり過ぎて、出版社や編集者、作家も含めて、そこに挑まず逃げてきたようなところがある。僕はせっかく作家になったのだから、自分のあこがれのスターである司馬遼太郎と真正面から殴り合う幸せを感じたいんです。まあ、部数では絶対に勝てへんけど(笑)。
小説家・今村翔吾の「熱さ」の源
――今の話を聞いていても思いましたが、本書の中で今村さんは「今村翔吾の小説を象徴するワードは「熱さ」である」と書かれています。確かにその通りだと思うのですが(笑)、その「熱さ」は一体何に由来するものなのでしょう?
今村:うーん、何でしょうね。自分で言うのもなんですが、僕はちょっと変わっているというか、作家っぽくないって言われることが多いんです。クサい言い方もしれないけれど、それは僕が作家というのは「職業」ではなく「生き方」だと思っているからかもしれません。「まつり旅」と言って全都道府県を回ったり、書店を経営したりするのも、全部「生き方」だと思っていて。何にせよ僕は、常に動き続けているほうが作品を書けるんです(笑)。ずっと書斎にこもっていてもダメなタイプで、実際に「まつり旅」では全部で14500人ぐらいの人たちに会いました。
――それはすごい。いろんな人と会って積極的に交流することも含めて、今村さんの「熱さ」の源には、元・ダンスインストラクターという異色の経歴も関係しているのでしょうか。
今村:ああ、それはあるのかもしれない。子どもたちにダンスを教えていた経験はやっぱり僕の強みだと思います。ウチのダンススクールには本当にいろんな子がいて、裕福な家の子もいたけど、ガスと電気を止められて毎日水風呂に入っている子や、オカンが全然家に帰ってこなくて今晩食べるものさえない子もいて。じゃあ、ウチに来て、みんなと一緒に飯食えっていうこともあったし。いろんな子どもたちとの関わりの中で得たものが、僕の小説のエネルギーになっているところはありそうです。僕はそもそも人間との関わり方が熱いタイプというか、こんな時代だからこそ、人との距離は詰めていきたいんですよね。僕は九州のある高校でダンスを教えていたこともあるんですけど、当時は九州中の悪い子たちが集まってくるような学校で。もちろん禁止なんですけど、19、20歳もいるから免許持ってて、自分で車を運転して学校に通ってくるっていう(笑)。
――すごい高校ですね(笑)。
今村:朝、車でやってきて教員用の駐車場に止めて、まずはひと悶着ある(笑)。昼間に中庭でバーベキューをおっ始めたりとかね。お母さんがネットワークビジネスで帰ってこない女の子が、ムカついてお母さんのお金を何百万とか掴んで、それをホストにばらまきにいったとか、そういう話ばかりでした。でも、今となってはその経験はもう財産ですよ。そんな経験したやつ、おらんと思うから。特に歴史小説の世界では(笑)。
――いや、いないと思います……。
今村:自分を一個だけ褒められるとしたら、その子たちに対して諦めなかったことですね。僕は聖人でも何でもないけれど、その子たちのことを放っておいて、胸のつかえが残るのは嫌でした。だから、諦めることだけはしなかった。悪い奴もいっぱいいたけれど、そういう子たちがぽろっと本当に心に響くような言葉を言ったりするんです。別に小説家でも何でもない子が、今でも僕の心の中に残るようなことを言うんです。そこで得た感動を、歴史小説を通して表現したいという想いも僕にはあります。
■書籍情報
『教養としての歴史小説』
著者:今村翔吾
発売日:8月30日
価格:1,760円(税込)
出版社:ダイヤモンド社