【漫画】桃太郎の両親の正体とは? SNS漫画『新説・桃太郎』が斬新でおもしろい
――『新説・桃太郎』が、1.2万RT、5万いいねを集めています。これを受けて、ご自身としてはいかがですか。
おのでら:普段Twitterに上げる漫画は4ページのものが多いのですが、本作は最初から終わりまできちんと描きたかったので、24ページと長くなってます。書き上げるのに3週間ほどかかったので、反響をいただけたのは嬉しかったです。
――前段として桃太郎を深読みする「物語の裏を考えてしまう話」もネットに上げていまいましたね。
おのでら:あれは2、3年前に描いたものなんですよ。『新説・桃太郎』の話自体も10年前くらいにはできていました。いつか発表したいと思いながらも描けずにいたんです。ようやく最近タイミングができて形にすることができました。
――どのように着想されたかも教えてほしいです。
おのでら:浪人生時代の2008年に友達と「実は昔話って、こんな話だったんじゃないの?」という会話をしていたんですよ。例えば「浦島太郎はキャバクラみたいなものにハマっている間に、お金も時間もなくなってしまった人への風刺なのでは?」などでしたが、そのなかで「桃太郎って鬼の血が混じっているんじゃない? そうすれば色々と辻褄が合うよね」と盛り上がったんですね。
「これは描いた方がいいよね」と。大学卒業後のサラリーマン時代に始めた「コミケ童話」よりも前に話なので、「昔話をもとに漫画を描く」というアイデアの原点かもしれません。
――それがリミックスみたいだなと。いわゆる二次創作とも違うような気がして。
おのでら:そうだと思います。単純な二次創作だとアニメのキャラクターを「もしも」の想像で動かして作品にしていくと思うんです。でも昔話はストーリーが多くの人の共通言語になっているのが面白いなと。「コミケ童話」では童話の元ネタを活かしつつ、登場人物がコミケに参加したらどうなるかを描いています。
――お供が活躍しない展開も興味深かったです。
おのでら:誰しもが思うはずですが、昔話にある「犬が噛みつき、猿が引っかき、雉は目玉を突き」で鬼に勝てる訳がない(笑)。だから現実的に考えると「ただ付いてきただけ」になるんですよ。でも主人公が人間ではないのではないか、という伏線が「獣と会話できる」シーンなので、物語的に彼らの存在は大事。だから桃太郎の角が生えきる前は吹き出しがモヤがかっています。
――昨今のアニメは「伏線回収」について語られることが多いです。その観点で昔話を観ることはできるかもしれません。
おのでら:青空文庫の『桃太郎』を読むと、「実はあのシーンって伏線だよね」と見える作りになっているんです。例えば鬼退治の話を聞いた時のおじいさんの様子。「ほう、それはいさましいことだ。じゃあ行っておいで」というだけで、まったく止めないんですよ(笑)。怖いですよね。「新説・桃太郎」を読んだ後にオリジナルを読むと、伏線に見える箇所がたくさんあります。
あと初期の『桃太郎』は「魔を退治する神聖な果物をおじいさんとおばあさんが食べたら、若返ってふたりが成した子どもが桃太郎だった」という物語なんですよ。犬・猿・雉は鬼門の逆方角になっていたりと鬼に敵対する象徴としての存在です。
――伏線としての解釈の余地が残されているという点で、昔のグリム童話やアンデルセン童話とは違うと思うのですが。
おのでら:日本の昔話って「原作者不明」が多いんです。口承されていくうちに話が抽象化されて「亀を助ける、竜宮城に行く、おじいさんになってしまう」という要所だけが残っている感じ。それだけ想像の余地はあると思います。だから昔話ベースの創作作品はいくらでも出てくると思いますよ。
また今は都市伝説にも興味があるんです。それを作品にしたり、『コミケ童話』以外のものも制作していければと思っています。
■書籍情報
『新説・桃太郎』のフルバージョンが収録された『コミケ童話の裏話6』は、メロンブックスで発売中!
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