早川書房「HAYAKAWA FACTORY」担当者が語る、攻めたSFアイテムを生み出し続ける理由
商品から生まれる読者との交流
――最近の商品といえば……。(参考:SF界に革新と伝統の一本。扇子(センス)・オブ・ワンダー、登場!)
山口:「扇子・オブ・ワンダー」ですね。僕たちはファッションや雑貨の見本市は行くようにしていて、扇子を見かけた時に「扇子・オブ・ワンダー」を作ってみようとネットに書いたらすごくバズって記事にもなったりしたんです。そんなちょっとした冗談に乗ってくれる早川書房ファン、SFファンは多いのでありがたいですね。新作を出すたびに「おお、それかー」とSNSで反応してくれる。クリスティーのマグカップの場合、『ナイルに死す』には名探偵エルキュール・ポワロが出てくるから、トレードマークのヒゲのデザインを入れたけど、『そして誰もいなくなった』は登場しないからクリスティーのサインを入れました。そのようにミステリやSFの文脈があるとファンは楽しみやすいし、「しかたないから買ってあげよう、ポチるか」(笑)なんていってくださる。読者と交流できるし、楽しんでもらえたらいいですね。
――もう一つの新しい商品、ブックカバーについては。(参考:本、そしてあなたの生活を包み込む!新たなるハヤカワ文庫対応ブックカバー2種)
山口:Tシャツは生地にこだわってはいますが、元の型自体を作っているわけではありません。でも、新しいブックカバーは、HAYAKAWA FACTORYとしてゼロから設計して、デザイナーの井上頌夫さんとああでもないこうでもないといいながら作りました。井上さんはシド・ミードとも提携したことがあるSF好きの人で、いろいろアイデアを出してくれました。以前にも、当社でブックカバーを作ったことはあったんです。でも、今回は本格的なものにしようということで、本だけを入れるのではなく、パスポート、カード、お薬手帳や予約券も入れられて、これだけを持っていれば病院へ行ける作りにしました。
――なるほど、お薬手帳という発想はありませんでした。
山口:病院ってけっこう待たされますから、そこでSFやミステリを読む人もいるでしょう。ファスナータイプとホックタイプの両方を用意しています。こだわりとしては、ハヤカワ文庫は他社の文庫より少し縦長なのは知られていますが、分厚いものが多いのでそれに対応しました。ホックタイプでは700ページまで、ファスナータイプは650ページまで推奨です。
――今後、考えていることは。
山口:今年は、カート・ヴォネガットの生誕100周年。当社では「SFマガジン」次号でも特集するので、間にあえばヴォネガットのトートバッグをやりたいですね。「SO IT GOES」というよく知られたフレーズを引用して。
――村上春樹が初期に小説中で多用した「そういうものだ」の元になったといわれるフレーズですね。
ミステリ系で今後、とりあげる候補はどうでしょうか。
山口:エラリイ・クイーンは、売れそうな気がします。たくさんの人が読んでいるものもいいんですけど、範囲は狭くても濃く好きな人がいっぱいいる作家や作品が、たぶん売れるんですよ。HAYAKAWA FACTORYの一番人気はフィリップ・K・ディックですが、『ブレードランナー』の映画のファンはいっぱいいても、原作のディックのファンは、すごくいっぱいいるわけではありません。でも、ディックの商品が出るなら買わざるをえないと考えるようなファンに向けて作っていく。そういうブランドです。
――それが、HAYAKAWA FACTORYの特徴ですね。「SFマガジン」2014年10月号でPKD総選挙の特集を組んだことがありました。当時話題だったAKB総選挙をもじって、ディック作品の人気投票を行った企画。ファンとしてはやるなら参加しないわけにはいかないというあの感じですね。
山口:そうです。熱があるところに、商品を投げ入れたい。自分のために作られたっていう感じがあると売れると思います。「扇子・オブ・ワンダー」というネーミングをみてニヤニヤしてくれたなら、我々のお客さんです。これを出す時、最初は大コケしたらどうしようと思ったんですけど、増産がかかったからよかったです。
--山口さんと同じ部署の小野寺真央さんは「キャッキャ言いながら作ってる」と話されていました。
山口:アイデアを出していると自然とそうなるんです。これならウケる! とか。展開のタイミングもだんだんわかってきましたし、夏にTシャツの人は冬にパーカー率が高いんじゃないかということで、今度は冬にパーカーも出したいと思っています。