愛嬌のある妖が魅力的な『しゃばけ』シリーズ 広がり続ける畠中恵の作品世界

 時代は明治の半ば。すでに一太郎が死んでから、100年ほどが過ぎている。それでも妖たちは、生まれ変わった一太郎と巡り合えると信じているのだ。妖たち独自の感覚と、もしかしたらと希望を抱かせるラストにより、作品のトーンは暗くない。しかし、シリーズの心楽しい世界も、いつかは終わるときがくることが、はっきりと示されているのだ。

 人はいつか死ぬ。過ぎ去った時間は戻らない。そうした厳しい認識が、作者にはある。それにより要所で、シリーズが引き締められるのだ。ここも畠中作品の美質といっていい。

 『しゃばけ』シリーズの話が長くなってしまった。作者は他にも『つくもがみ』シリーズや、『明治・妖モダン』シリーズなど、『しゃばけ』シリーズとはテイストの違う、付喪神や妖の登場する作品を発表している。その他にも、町名主の跡取り息子と、その悪友たちが、さまざまな事件や騒動に取り組む『まんまこと』シリーズ。明治の若者たちを生き生きと躍動させた『アイスクリン強し』。男女9人の恋模様を活写した『こころげそう』。新米留守居役の奮闘記『ちょちょら』。現代ミステリー『アコギなのかリッパなのか』『百万の手』などなど、バラエティ豊かな作品を発表している。

 2019年には、実在した大野藩士を主人公にした初の歴史小説『わが殿』を刊行。さらに自己の領域を広げた。畠中恵の作品世界を一本の木に例えるならば、太い幹にたくさんの枝葉が生い茂った巨木。しかも、まだまだ成長中だ。だから、どこまで大きくなるのか、見届けたいのである。

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

関連記事