BUMP OF CHICKENの革新性とは? 結成30周年&「天体観測」から25年――シーンに与えた影響と“歌”という核

1996年2月11日の結成から、今年で30周年を迎えたBUMP OF CHICKEN。彼らは、そのあいだにリリースしてきた数多の楽曲を通して、数え切れないほど多くのリスナーの孤独な夜に寄り添い、孤高な魂を奮い立たせ続けてきた。そして、一人ひとりのリスナーにとっての生きる意味、生きている証を鮮烈に照らし出し、懸命に続いてゆく生の旅路を高らかに祝福し続けてきた。同時に、彼らは数多くの後進のアーティストに絶大な影響を与え続けている。
BUMP OF CHICKENの軌跡や功績について語るうえで決して欠かすことができないのが、不朽のロックアンセムにして、現在に至るまで彼らの代名詞の一曲であり続けている楽曲「天体観測」。2001年のリリースから、今年で25年の歳月が経つ。BUMP OF CHICKENのライブやフェスで必ずと言ってもいいほど披露されてきた同曲は、バンドの象徴にして、2000年代以降の日本のロックシーンを物語るうえでも、極めて重要な作品である。
ここで「天体観測」がリリースされた当時の日本の音楽シーンを振り返ってみたい。2000年7月にBLANKEY JET CITYが解散、8月にHi-STANDARDが活動休止、12月にLUNA SEAが終幕。2001年1月にはTHE YELLOW MONKEY、3月にはJUDY AND MARYが解散した。そんな時代の大きな移り変わりのなかで新しく注目を集めていたのがBUMP OF CHICKENだった。「天体観測」は、リリース翌年にドラマ化されるほど世のなかから大きな認知と支持を集めていた。同曲を収録したアルバム『jupiter』が「オリコン週間アルバムランキング」1位(オリコン調べ/※1)を獲得したことも、当時の彼らの存在感の大きさ、「天体観測」がもたらしたインパクトの大きさを物語っているだろう。
先述したように、当時の日本の音楽シーンでは大きな変動が立て続けに起きていて、そうしたなかで台頭していたのが、ミクスチャーロックのムーブメントだった。数々のアーティストが、さまざまな音楽の要素を独自のブレンドで混ぜ合わせながらミクスチャーロックを発展させていく、まさに群雄割拠の時代。そんなシーンにおいて、BUMP OF CHICKENはフォーク、カントリー、ブルースをはじめとした海外由来の音楽のエッセンスやスタイルを、そのままミックスするだけではなく、極めて深い次元で血肉化させ、昇華させた。その結果、新たなフォーマットを確立してみせたのだ。「Aメロ→Bメロ→サビ」というJ-POPの王道とも言える曲構成を含め、日本オリジナルの要素はいくつもあるが、あえて無防備な言い方をしてしまえば、BUMP OF CHICKENは、日本語の歌詞で紡ぐ“歌”を中心に捉えたロックをより明確に確立させ、そのフォーマットは現在に至るまで継承されている。
言うまでもなく、そうした革新を成し得たのは、藤原基央(Vo/Gt)が綴る言葉の力が卓越した存在感を誇っていたことも関係している。日本の音楽シーンにおいて、それまで長いあいだ、ロックが果たすべき役割は、自己実現、もしくは社会へのメッセージを問いかける手段として捉えられがちだった側面があるだろう。だからこそ、ある意味でその存在は敷居の高いものであったのかもしれない。しかし、藤原の紡ぐ言葉は、どこまでも純粋だった。その必然として、一人ひとりの日常に優しく溶け込み、人生の一部となっていった。もし、日本のロックシーンに、BUMP OF CHICKENがいなかったら――僕たちにとってロックは、もっと遠い存在になっていたかもしれない。
そして、藤原が紡ぐ歌詞には、一貫した哲学、人生観、死生観がある。“過去”と“今”と“未来”は一直線上にしか存在することができない。自分自身の時間軸しか生きることができない僕たちは、大切な人の“過去”を遡ることも、“未来”を覗き見ることもできない。同じ記憶を積み重ねて、ともに明日を思い描くためには、同じ“今”を共有するしかない。全ては刹那で、この世界に永遠なんてない。だからこそ、残酷に過ぎていく一瞬一瞬が尊く、美しい。そして、当たり前のように隣に居ることができている時間でさえ、どうしようもなく切ないのだ。この“切ない”という日本語圏特有のフィーリングをロックに宿したことこそが、BUMP OF CHICKENが起こした変革であり、彼らの登場以降、日本語で歌われるロックのあり方は大きくアップデートされたと思えてならない。
あらためて「天体観測」を聴いてみると、ここにBUMP OF CHICKENの表現が色濃く凝縮されていることを再確認できる。イントロにおけるドラマチックな物語の幕開けを想起させるフィードバックノイズ、まるで壮大な宇宙を天翔るように鳴り渡るギターリフ、多重録音によって紡がれる黄金のアンサンブル。たくましい響きをもって歌われる〈見えないモノを見ようとして 望遠鏡を覗き込んだ〉という歌詞には、ここにはないもの、ここではないどこかを希求する切実な渇望が滲み、〈「イマ」という ほうき星〉を追いかけるかけがえのない瞬間の連なりが次々と描き出されていく。その“切なさ”たるや。キャリア初期の楽曲にして、卓越した完成度の歌詞に今なお痺れるし、BUMP OF CHICKENは“言葉”のバンドでもあるのだと深く思わされる。
「天体観測」という名曲を生み出したあとも、彼らは変化と進化を決して止めることはなかった。むしろ、まるで自分たちが生み出す音楽に導かれるようにして、果敢に挑戦を重ね、絶えず自らのバンド像を刷新し続けてきた。たとえば、2000年代にリリースされた『jupiter』『ユグドラシル』『orbital period』では、深淵で広大なスケールを描き出す「Stage of the ground」「オンリー ロンリー グローリー」「メーデー」を、タイトでソリッドなアンサンブルがスリリングな高揚をもたらす「乗車権」「才悩人応援歌」を生み出した。
続く2010年代には、『COSMONAUT』でバンドアンサンブルの深化を進め、『RAY』の「虹を待つ人」では煌びやかなシンセサイザーサウンドを大胆にフィーチャーし、当時のグローバルシーンを席巻していたEDMに接近。同じようにシンセサウンドを要に据えた「ray」では、初音ミクとのコラボレーション版を並行してリリースし、最新のテクノロジーとの共存――いや、“共演”を実現した。続く『Butterflies』収録の「Butterfly」ではエレクトロハウス〜フューチャーハウスを取り入れ、“スタジアムロック×EDM”という新たな像を打ち出し、『aurora arc』収録の「新世界」「望遠のマーチ」では鮮やかでクリアなアンサンブルを実現。現時点での最新アルバム『Iris』収録の「クロノスタシス」では、バンドサウンドとエレクトロニカのより高い次元での融合を果たした。
筆者は、今年8月に『SUMMER SONIC 2026』でBUMP OF CHICKENのステージを観た。劇場版『名探偵コナン』、アニメ『僕のヒーローアカデミア』(読売テレビ/日本テレビ系)、アニメ『SPY×FAMILY』(テレビ東京系)……。日本のポップカルチャーシーンを彩る珠玉の大型タイアップ曲を束ねた渾身のセットリストを携え、キャリア初の『SUMMER SONIC』のステージに立った4人。これまで数え切れないほどBUMP OF CHICKENのライブを観てきたが、今回のステージを観て、彼らの“ロックバンド”としての堂々たる風格には痺れた。2020年代の楽曲が主軸を担うセットリストのなかでも、後半で披露された2014年リリースの「ray」は、今年のヒット作となった『超かぐや姫!』(Netflix)で再び脚光を浴びている楽曲で、それゆえか、満員のZOZOマリンスタジアムには10代、20代の観客も多く集まっていた。日本のシーンにおける彼らの存在感の大きさ、そして揺るぎなさを、あらためて感じる時間、空間だった。
そして、BUMP OF CHICKENは、9月13日に『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2026』に出演する。今年は、彼らにとって、2001年の同フェスの初出演から25年の年にあたる。そして、10月からは、久々の全国ツアー『BUMP OF CHICKEN TOUR 2026-2027 Ratio Clavis』が幕を開ける。大きな節目の年を経て、長年のファン、新しいファンとともに、彼らの音楽の旅はこれからも変わらず続いていく。


























