萩原健太×澤部渡(スカート)「『ロンバケ』は過激なことをやってる」 大滝詠一の音楽が色褪せない理由

萩原健太×澤部渡、大滝詠一を語り尽くす

ラジオと雑誌が提示した「答え合わせ」

――『A LONG VACATION』について改めてお聞きしいたいんですが、澤部さんはこの作品に対してどんな印象を持っていますか?

澤部:最初は普通に「いいな」と思って聴いました。名盤として接していた、というか。でも18歳の頃、友達に「大滝詠一と言えば『ロンバケ』という図式はダサい」と面と向かって言われまして。

萩原:そういう人がいるんだね(笑)。

澤部:そのとき「なるほど」と思っちゃったんですよ。その時点ではファースト・アルバム(『大瀧詠一』)くらいしか聴いてなかったんですけど、その後『NIAGARA MOON』や『GO! GO! NIAGARA』を聴いて。すげえカッコいいけど、これは一体なんなんだ? と。

萩原:この人、何やってんの?って(笑)。

澤部:そうなんです。それを経て『ロンバケ』を聴くと、また違った聴こえ方になるというか。作品に触れることで大滝さんのことが少しわかった気がして、また新しい発見があって。その繰り返しなんですよね、結局。

萩原:僕はリアルタイムで大滝さんの音楽を聴いてきましたが、『ゴー・ゴー・ナイアガラ』(ラジオ関東/TBSラジオ)というラジオ番組があったのも大きいんですよね。答え合わせというより、予告編的な役割というのかな。アルバムが出るたびに、「あのときラジオでやってた特集が、ここにつながっているんだな」ということが必ずあったんですよ。あとは『ニューミュージック・マガジン』(現『ミュージック・マガジン』/ミュージック・マガジン)に連載していた「ロック研究セミナー」でサーフィン音楽やフィル・スペクターのことをお書きになっていたり。

――ラジオや雑誌で開示される情報や知識が、作品を理解する補助線になっていた。

萩原:それが結実するのが、『ロンバケ』が出る前に行われたライブだったんです(1980年12月16日に東京・郵便貯金ホールで開催された『LET’S DEBUT AGAIN』)。あまり売れることのないまま続けられた音楽の実験を、我々リスナーも大滝さんと一緒に積み重ねてきた感じがあって。それがライブで演奏されたとき、「ここを目指していたのか」という感動がありました。

澤部:そうなんですね! 僕みたいな後追いの身としては、大滝さんが亡くなった後にリリースされた音源もとてもありがたくて。それを手掛かりにしていろんなことが見えてくるので。これも萩原さんにお聞きしたかったんですけど、『ロンバケ』の前、70年代の大滝さんは「自分はシンガーじゃない」という気持ちがあったと思うんですよ。それがミキシングに出てるなと。

萩原:ボーカルが奥に引っ込んでますよね。

澤部:そうなんですよ。僕自身もそうなんですけど、自分でミックスするときにいちばん迷うのがボーカルの処理というか置き方なんです。0.1デシベル上げ下げするだけで印象が変わるし、どんどんわからなくなってしまって。70年代の大滝さんは、そういうことを放棄してたところがあるんじゃないかなと。

萩原:時間がなかったのもあるでしょうね。仮歌のまま出さざるを得ないこともあったし、そうするとあまり(歌の音量を)大きくもできない。後年、大滝さんのレコーディングに付き合わせていただいたことが何度かあるんですけど、「下手な歌は、逆に音量を上げろ」と言ってました。

澤部:どこかで反転したんですかね?

萩原:どうなんでしょう。もしかしたら70年代の作品についても「もっと歌を出せばよかった」と思っていたのかもしれないですね。福生の自宅で録っていた頃は、音自体もあまりよくなかっただろうし、なかなか思うようにはいかなかったんだと思いますけど。

澤部:理想の音を求めて、のたうち回っていたというか。

萩原:当時は任せられる人もいなかっただろうし、いろんな制限があったんだと思います。そのなかで工夫を重ねたからこそ、ああいう面白いものができたとも言えるんじゃないかな。今の機材があれば、また違ったものを作ったかもしれないし。

澤部:そうだと思います。

萩原:新しい技術が好きだしね。「幸せな結末」(1997年)のときはエンジニアの吉田保さんの大反対を受けながら、アナログテープでマスタリングしたんですけど、その後、デジタル技術もかなり習得して。デジタルの音のよさも追求しはじめていたから、あのまま続けていれば……。そこは残念なところではありますね。

ポップミュージックの使命と、大滝詠一が突き詰めた「懐かしさ」

――「幸せな結末」の制作についても詳しく書かれていますね。

澤部:そうですね。「ミックス失敗した」という話もビックリしました。

萩原:ドラマ(『ラブジェネレーション』/フジテレビ系)でオンエアされた音源がアナログマスターだったんですよね。でも「アナログって繰り返してるとよくなるんだよ」とも言っていて。あそこまで明かしてよかったのかどうかわからないけど、まあ「書いてもいいよ」という前提で話してくれたことなので。あとね、「幸せな結末」が出たとき、『THE夜もヒッパレ』という日テレ(日本テレビ)の番組で、大滝さんの代わりにトミーズ雅さんが歌ってくれたんですよ。大滝さんはプロモーション稼働しないから。でも、稼働しないくせに「売れなかったらトミーズ雅のせいだ」とか言ってて(笑)。でもね、雅さんの歌が案外よかったんです。オンエアの後、CDのバックオーダーもかなりあったみたいで。大滝さんも「よくやった」と喜んでました(笑)。

澤部:ハハハハ(笑)。

萩原:その番組のなかで、「幸せな結末」を聴いた司会の三宅裕司さんがいきなり「懐かしいですねー」って言ったんです。もちろん新曲なのはわかってるんだけど、サウンドやメロディに懐かしさを感じたみたいで。ポップミュージックはその瞬間を捉えて、時代の空気を切り取るのが一つの使命ではあるんだけど、それだけではないんですよね。時代や社会背景とは関係なく、「懐かしい」とか「いい曲だな」と感じる。たぶんそれがエバーグリーンということだと思うんですよ。大滝さんは、少年時代の記憶を下敷きにしながら、エバーグリーンであることを突き詰めようとしてたんじゃないかなと。

澤部:本当にそうですね。「幸せな結末」がリリースされたのは小学生のときだったんですけど、子供だったっていうのもあるかもしれないですけど、特に違和感を抱いたわけではなくて。デジタルサウンドの曲が多いなかで、あの曲が大ヒットしたのはすごいことですよね。

萩原:澤部さんの音楽とはっぴいえんどやナイアガラの共通点としては、マンガとの合体ぶりはかなり近いんじゃないですか? アルバム『はっぴいえんど』のジャケットもそうだし、70年代のナイアガラ作品にも高信太郎さんの絵が使われていて。澤部さんもアルバムのアートワークにイラストを使ってますよね。

澤部:はい。ファーストアルバム(『エス・オー・エス』/2010年)を作ったときに、「『ゆでめん』(アルバム『はっぴいえんど』の愛称)のジャケットもあがたさんのジャケットも林静一さんだしな」というのが自分のなかではすごく大きくて。あれを今の自分の感覚でやるとしたら? というところで、廣中真悟さんにお願いしたんです。そういう部分も含めて、大滝さん、はっぴいえんどから受けた影響は計り知れないですね。ただ、まだまだわからないところもたくさんあって。この本を読んだことで「(『A LONG VACATION』がリリースされた)1981年以降、大滝さんがどんな音楽を聴いていたのか?」について俄然興味が湧いてきました。

萩原:CDショップで爆買いしてた時期はあったけどね。僕からも新譜の情報をお伝えしてたんですけど、新作よりも、リマスターものが中心だったんじゃないかな。息子さんにカゴを持たせて、どんどんCDを入れて。

――いくらかかるかは気にせず、欲しいものを買いまくるという。

萩原:それ、子供の頃からですからね(笑)。そりゃお母さんに怒られるよ。

澤部:そうやって集めたレコードをもとにいろんな研究をして、身に付いたものもたくさんあって。

萩原:身に付いたからよかったけどね。

澤部:そういう人のほとんどはロクデナシになりそう(笑)。

――結婚式の翌日のエピソードもすごいですよね。奥様と一緒に仕事に行ったら、現場の近くでやっていた見本市でレコードを売ってるのを見つけて、またしても爆買いするという。

萩原:しかも大滝さんはツアーに出てしまい、奥さんはレコードと一緒に暮らすことに。高田文夫さんのラジオで「二間のアパートがレコードで埋まってたらしいですよ」と話したら、すぐに奥さんから電話がかかってきて「一間です」って(笑)。

澤部:レコードやCDをどういうふうに保管して、どうやって分けていたのかも、オタクとしては気になります。

萩原:ブワーッと置かれてたけどね。福生の米軍ハウスを離れて、自宅にスタジオを作ってからは、そのあたりに機材やレコードが置いてあって。2階には映像が入ったハードディスクが並んでたんだけど、行き来するための簡易エレベーターもあったんですよ。

澤部:マジっすか? どうしたらそういう暮らしができるのか……。だって『EACH TIME』(1984年)以降は3曲しか出してないじゃないですか。ミュージシャンは本来、新しい曲を出し続けて活動を回していくものですけど、大滝さんは全然そうじゃなくて。

萩原:70年代に年間4枚のペースでアルバムを出してたから、ある意味、それに救われたところもあった気がします。その都度リマスターしていたし、多少は楽曲提供もあって。欲しいものがあると働くというところもあったんじゃないかな(笑)。

澤部:なるほど。まだまだ知りたいことがあるので、本書の続編も楽しみにしています!

■書誌情報
『幸せな結末 大滝詠一ができるまで』
著者:萩原健太
価格:1,925円
発売日:2026年3月12日
出版社:文藝春秋

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