日本の音楽を“知っている”から“愛される”市場へ 巨大エコシステム・インド進出への鍵を握る「3つのI」とは

6月11日、東京国際ミュージック・マーケット(TIMM)のビジネスセミナーのひとつとして、音楽業界の主要団体が垣根を越えて設立した一般社団法人カルチャー アンド エンタテインメント産業振興会(CEIPA)とトヨタグループとの共創プロジェクト「MUSIC WAY PROJECT(MWP)」による「CEIPA × TOYOTA GROUP “MUSIC WAY PROJECT” Professional Seminar Flagship Series 1st Edition(インド編)supported by JETRO」が開催された。
「フラッグシップ・シリーズ」は、海外市場に関する高度な知見を体系的に共有することを目的にした音楽業界関係者向けのセミナー。初回となる今回はインドから迎えた登壇者による市場分析から実践的なパネルディスカッションまでが行われた。
最初のセッション「Indian Music Market Overview」では、JETROニューデリー事務所の川崎宏希氏とジェニカ・カルラ氏がインド市場について説明。市場の規模を示すデータとして、同国が世界ーの人口を持つことや年齢の中央値が28.4歳と若いこと、1人当たりの所得は日本の1970年代の高度経済成長期と同程度の約2650ドルであることなどが示された。その中で強調されたのは「インドをひとつの市場として見るのは間違い」という点だ。理由として、言語が多数あること、州ごとに法制度が異なること、所得水準の地域差が大きいことが挙げられた。



そんな同国の音楽市場の特徴は、65%をボリウッド(映画音楽)が占めること、そして消費がモバイル中心で、YouTubeが圧倒的シェアを持つことだ。こうした市場で、日本コンテンツはアニメ人気の高まりを入り口に、アニメソングを聴く層を広げている。そのうえでジェニカ氏は「インドは『日本コンテンツを知っている市場』から『愛している市場』へ変わりつつある」と語った。
続いて、作曲家であり、YouTubeでインド・南アジア地域の音楽パートナーシップを統括するラムプラサード・スンダー氏が、クリエイター、ビジネスリーダー双方の視点からインド市場の最前線を語った。インドのエンタメを理解する枠組みとして示したのが、Astrology(占星術)、Bollywood(ボリウッド)、Cricket(クリケット)、Devotion(信仰)を指す「ABCD」という要素だ。ラムプラサード氏は、インドではこの4つが互いに結びついており、とりわけ信仰がコンテンツの中心にあると説明した。また、同氏は、新人支援プログラム「Foundry」、文化省と連携したフォーク・伝統音楽の支援、インド初となる100%AIで制作されたMVといった事例に加え、トレンドとして、宗教讃歌とクラブカルチャーが融合した「バジャン・クラビング」や、スターが集まる映画の楽曲発表会「オーディオ・ローンチ」が人気を集めていることなどを紹介した。

さらにColdplayら国際的アーティストのインドでの活動実績が紹介するなかで、ラムプラサード氏は今年1月の『ロラパルーザ・インド 2026(Lollapalooza India 2026)』への藤井 風出演とその「Kaze効果」についても言及。藤井 風がインドを「魂の故郷」と語ったことが、信仰文化との自然な親和性の象徴として紹介された。
最後にラムプラサード氏は、インドでの成功の鍵として、自分の強みと狙う市場を定めるInterest(興味)、現地に物理的なプレゼンスを持つInvest(投資)、そしてその先に生まれるInfluence(影響力)という「3つのI」を提示。「最初のふたつがなければ三つ目は実現しない」と、その順序の意味を強調した。
また、このセッションの締めくくりに登壇したUniversal Music Indiaでファンエンゲージメント及びマーチャンダイズ統括のドリシュティ・バティジャ氏は、「アーティストのモーメントをファンコミュニティに変え、ファンコミュニティを長期的価値に変える」というテーマで講演。固有のストーリーこそ遠くまで届くこと、アーティスト本人の「参加」が関係性を生むこと、そしてインドは後付けではなく最初から計画に組み込むべきことの3点を挙げた。

こうした原則を体現する象徴的な事例が数例紹介されたが、なかでも印象的だったのがYungbludのケースだ。『ロラパルーザ・インド 2026』で来印時、グッズのポップアップに本人が登場し、Instagramで告知してファンを呼び込み、直接交流した。ドリシュティ氏は、この事例について「大規模なイベントでなくとも『お金で買えない体験』がファンダムのロイヤルティを築く」と語った。
次のセッション「Future of the Indian Market」では、まず日本音楽制作者連盟の長末晃広氏とThe Orchard Japanの増田雅子氏が登壇し、改めてMWPの紹介が行われた。昨年MWPは、各国のエキスパートを招いたパブリックシリーズや、3日間英語漬けのインテンシブワークショップを実施した。2年目の今年は、実践とコミュニティ形成に特化した展開を予定している。具体的には、今回のフラッグシップ・シリーズに加え、コミュニティワークショップ、オンラインフォーラム、インテンシブワークショップなどを行うという。

続くパネルディスカッションでは、ジェニカ氏、ラムプラサード氏、ドリシュティ氏が登壇し、モデレーターの日本コロムビアの大木貴之氏とともに「日本のアーティスト、音楽業界がどのようにインドの巨大エコシステムにアプローチし、エンゲージメントを高めていくべきか」というテーマで議論した。
その中でラムプラサード氏は「最初の一歩が一番難しく、そして長期戦だ」と述べ、ドリシュティ氏は「最初の5人のファンがつけば、そこから雪だるま式に増えていく。フェスからの声かけを待つのをやめ、50人のカフェからでも複数都市で継続してほしい」と続けた。一方、注意が促されたのが、避けるべきタブーだ。とりわけ宗教と政治に触れないことが強調され、日本でバズった動画にガネーシャ神の像が使われ批判された例も紹介された。あわせて、スラムや象、蛇使いといった“ステレオタイプなインド像”を避けるべきという意見なども語られた。
最後にジェニカ氏は「インドを単なる市場と見ず、現地に来て、人々と協業してほしい」と語り、ドリシュティ氏は「日本のアーティストのインドでの成長とインドのアーティストの日本での成長、その両方が次の大きなモーメントだ」と語った。ラムプラサード氏は改めて「3つのI」の重要性を語りつつ、「インド市場参入に関するアイデアを共有してもらえれば我々も協力する」と述べ、パネルディスカッションを締め括った。

日本の音楽が世界的にも注目を集めつつある現在、海外進出を考えるアーティストやレコードレーベルは少なくない。しかし、進出先で成功するにはローカルシーンの動向や慣習にも目を向ける必要がある。それだけに今回のセミナーを通じて、日本の音楽業界にとっても巨大な市場になり得るインドに関する、実践的な知見がローカル視点から共有されたことは、今後の海外展開の成功につながる大きなヒントになったはずだ。こうした海外市場のリアルな情報に触れることで学びが得られるMWPのフラッグシップ・シリーズの今後の展開に引き続き注目していきたい。

























