やのとあがつま、各地の民謡で巡る音の旅路 伸びやかな歌声と流麗な三味線が響き合ったツアー初日レポ

やのとあがつま、『Japan Tour 2026』初日レポ

 矢野顕子と津軽三味線奏者・上妻宏光のコラボレーションユニット、やのとあがつまが、現在『やのとあがつま(矢野顕子&上妻宏光) Japan Tour 2026』を開催中。本稿ではツアー初日となった、4月25日東京・かつしかシンフォニーヒルズ公演の模様をレポートする。

 定刻を迎えると、まずは観客からの盛大な拍手に迎えられて上妻宏光が登場。椅子に座り、三味線を抱えると、しなやかな三味線の音が場内に弾けた。「津軽じょんから節」だ。力強くも流麗な上妻の独奏を、息を呑むように聴き入る観客。しかし、高速フレーズのリフレインが披露されると、一転、惜しみない賞賛が起こり、場内は冒頭から盛り上がりを見せる。曲は「津軽じょんから節」からシームレスに上妻のオリジナル曲「紙の舞」へ。リフの反復から生み出される上妻のグルーヴには、極上のブルースやソウルのそれに通ずる味わいがある。

やのとあがつま ライブ写真
上妻宏光

 上妻が一旦退場し、やはり盛大な拍手のなか、上妻と入れ替わるように今度は矢野顕子が登場した。ピアノの椅子に座ると、歌われたのは「ラーメンたべたい」。どうやら各々のソロ演奏を披露してから、やのとあがつまのライブに入るようだ。演奏は「ラーメンたべたい」から、やはりシームレスに「ごはんができたよ」へと繋がれる。伸びやかで、やさしくて、ちょっとせつない矢野の歌声と美しいピアノの音が会場に響き渡る。冒頭からそれぞれの代表曲といえるナンバーを味わえるとは何とも贅沢だ。

やのとあがつま ライブ写真
矢野顕子

 矢野のソロが終わると、上妻とシンセシストの深澤秀行がステージに登場し、“やのとあがつま形態”に。矢野のピアノと上妻の三味線の音がゆるやかに合流すると、矢野が〈わらにまみれてヨー〉と三橋美智也の「達者でナ」を歌い出す。スイングする歌声とピアノに三味線の音が心地よく重なる。故郷を離れ都会へ向かう若者の心境を歌うスタンダードともいえる曲だが、原曲に馴染みが無くても、また上京の経験など無くても、どこか日本人のDNAそのものに訴えかけるような魅力に満ちた楽曲であり演奏である。

 楽器のアンサンブル、ブレイクの置き方、アウトロの転調など、一見自由に見えるがアレンジはやはり高度にして緻密。何より、いうまでもないだろうが二人の演奏者としての実力が素晴らしい。さらにモジュラーシンセやシーケンス周りを一手に担う深澤の音の選びと鳴らし方が何とも的確で、楽曲世界の色彩表現とスケールアップに大きく寄与している。

 ここで自己紹介を交えたMCに。「元々は、日本の民謡を元にして、まったく新しいものを作ってみようではないか、という大志を抱いて(やのとあがつまを)スタートしました。キャリアは結構あるんですが出てるCDは少なくて(笑)」と矢野が話し、「なかなかみなさんにお披露目できなくて」(上妻)、「なのに新曲はどんどんとできていくという」(矢野)と明かした。

 そして「私たちの看板のような曲」と、矢野がボーカルをとるやのとあがつまバージョンの「津軽じょんから節」(津軽民謡)へ。さきほど上妻のソロで演奏された緊張感漲るインストバージョンとの対比も楽しい。矢野のピアノはニューオリンズジャズを思わせるようなリズムで、聴いていると自然に体が動く。場内は大きな手拍子に包まれ、さながら祭りの賑わいだ。

やのとあがつま ライブ写真

 続いては、上妻の三味線を合図に上妻がボーカルをとる「紅花摘み唄」(山形民謡)。シーケンスによる合いの手を挟みながら、トラディショナルな民謡の旋律と並走して鳴らされる矢野のジャジーなピアノと深澤のシンセが独自の空気感を創出していく。

 ここで上妻が「やのとあがつまをやって、矢野さんも全国の民謡を聴かれるようになって」と語りかけると、矢野は「それまで民謡は津軽にしかないものかと思ってました(笑)」と明かした。そして上妻が「民謡を聴くとその土地の香りや風景が見える。次はいわゆるラップ調の語りが入るめずらしい唄」と紹介した次の曲は無限にバージョンがあるとのこと。「放送禁止用語が入ったようなバージョンも」(上妻)、「私たちはクリーンバージョンですのでご安心ください」(矢野)というユニークなやりとりを経て披露されたのは新曲「秋田音頭」(秋田民謡)だ。矢野の演奏を牽引するような高低自在のボーカル表現が光る。途中、上妻は太鼓を叩き、リズムをシフトチェンジさせる。矢野のラップ調のボーカルとスペイシーなシンセ音による斬新にしてディープな秋田音頭に客席から称賛の拍手がおくられる。

 ほどなく風を切るようなシーケンスからたゆたうようなシンセを導入に、「淡海節」(滋賀民謡)が鳴り響く。元々は漁村の情景を歌った民謡だが、矢野のキーボードとピアノ、深澤のシンセ、上妻の朗々とした歌声で表現される曲の世界はどこか彼岸の情景のように幻想的で、感情を現世の向こう側へ“持っていかれる”ような感覚に囚われた。

 「昔の曲って、大人から子どもまで知ってたじゃない?」(矢野)、「昭和って、そうでしたよね。1曲を長く歌ったし、国民全体が知っていて」(上妻)、「一緒に歌っていただきたいけど……何せ矢野顕子なので、一緒に歌えたら歌って? ……イヤな言い方しちゃって、ごめんなさいね(笑)」(矢野)と観客を笑わせて、昨年5月に配信シングルとしてリリースしたピンキーとキラーズのカバー曲「恋の季節」へ。MCでの前置き通り、矢野のボーカルは矢野らしさ全開の独自の譜割りだ。先程までの幻想的な様相から突然ポップに振り切れるステージ運びもやのとあがつまの面白さだ。

 グッズ紹介のMCを挟んで、「沖縄のわらべうたですね。じんじんというのは蛍のこと」(矢野)という紹介から、本日2曲目の新曲、「じんじん」(沖縄民謡)へ。矢野がキーボードを弾きながら、「蛍よ、酒屋や壺屋の水を飲んで落ちてこい」という意の沖縄言葉による歌詞を軽快に歌えば、それに呼応するように上妻も軽快な音色を奏で、深澤がシュールなエレクトロで盛り上げる。オリエンタルな浮遊感も楽しい新レパートリーだ。

 「お気づきかもしれませんが、三味線は弦が3本しかなくて」(矢野)、「しかも曲ごとにチューニングを変えなきゃならなくて」(上妻)。上妻が曲ごとにチューニングを変えるのは各曲の異なるキーに合わせるためで、曲の最中に調弦を行う場面もあるというのだから、その対応力に改めて驚かされる。「ここでなければできない、世界でも類を見ないサウンド。それを直に確かめにきてくださって、本当にありがとうございます」と矢野が礼を伝えると、観客が拍手で応えた。

 そして、矢野の「一部で有名な民謡のような曲。皆さまのお手を拝借」という前置きで始まったのは、何と坂本龍一の「Tibetan Dance」。観客の手拍子のなか、矢野のキーボードとピアノに、深澤のリボンコントローラー(ギターのネックのような棒状のセンサー)を駆使したシンセが鮮やかな彩りを与え、上妻があの主旋律を奏でていく。途中、「歌詞もないところですが、この親しみやすいメロディを一緒に歌ってみましょう」と矢野が主旋律をハミングし、上妻と観客も一緒にハミング。やのとあがつまバージョンのレアな「Tibetan Dance」に観客は大盛り上がりだ。

やのとあがつま ライブ写真

 拍手喝采のなか、すかさずアッパーなシンセ・スタブから「稲すり節」(奄美民謡)へ突入。矢野のビアノとボーカル、深澤のシンセ、上妻のソロへと各々の持ち味がアバンギャルドな様相で絡み合い、ソリッドなグルーヴを生み出していく。これもまたやのとあがつまのパフォーマンスの醍醐味といえるだろう。改めてツアー初日に訪れた観客に二人で礼を伝えて、本編の最後は二人の共通項でもある「青森さ帰っぺが」(矢野は幼少期を青森で過ごしている)と、矢野のピアニカと上妻の三味線によるイントロからアルバム『Asteroid and Butterfly』収録の「ふなまち唄 Part Ⅲ」を披露。〈まだ来ぬ船は 帰るやいなや/海のもくずに〉。静謐な演奏が雄大な太鼓のシーケンスを合図にスリリングなそれへとヒートアップしていく。二人の「らっせーらー、らっせーら!」の掛け声が場内にこだまし、観客も合わせて歌う。気付けば矢野は立ち上がってマイクなしで歌っている。あたかも祭の只中にいるような盛大なコール&レスポンスで本編の幕が閉じた。

 鳴り止まないアンコールの拍手に応えて再び矢野と上妻が登場。二人のみの演奏で始まったのは、矢野のオリジナル曲「Rose Garden」だ。矢野のジャジーなスケールのソロに上妻が三味線で呼応していくセッションの強い演奏に場内はまたも拍手喝采。ここで深澤も合流。「皆さまと何か楽しめないかと思い企んでみました」(矢野)、「この時代、いきなり歌詞カードを渡されて民謡を歌う機会も少ないと思うんですけど」(上妻)、「今日は鹿児島で旅を終えてみましょうかね」(矢野)と、ラストは「OHARA-BUSHI」(鹿児島民謡)へ。テクノテイストなシーケンスのなか、矢野のキーボードと駆け抜けるような上妻のプレイを経て、入場時に配られていた歌詞カードを手に一同で大合唱。〈(ハ ヨイヨイ ヨイヤサ)〉と締めて大団円。最後は手拍子で矢野と上妻が軽く踊りながら退場。最後までひたすら楽しいライブだった。

 実験性とトラディショナルな魅力を兼ね備えた意欲的なアレンジ。時に心地よく、時にスパークするようなアンサンブル。(おそらくはインプロビゼーションも多分に含まれていたと思われる)セッションの醍醐味。そのすべてが幾度もの拍手と手拍子を誘う理屈抜きの“楽しさ”に結実していた。本ツアーは4月29日の山形を経て、5月1日福島、5月4日岐阜、5月9日東京(『EBISU Bloomin’ JAZZ GARDEN 2026』参加によるスペシャルバージョン)、5月12日沖縄での公演が予定されているのでぜひとも足を運んでほしい。また今年ソロデビュー50周年イヤーの矢野は7月22日にニューアルバム『生きものたちへ』のリリースが決定している。こちらのインフォメーションも併せてチェックしよう。

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