リアルピース ソロインタビュー Vol.2:かちょー「ずっと猫をかぶって生きてきた人生だった」 運と仲間を味方に進む道

芸能活動へのやる気が芽生えなかった――もう一度目指した役者への道
――ご自身は、芸能界に憧れはなかったんですか。
かちょー:僕の夢の選択肢に1mmも入ってきていなかったです。そもそも芸能自体に興味がなくて……あるとすれば『踊る大捜査線』(フジテレビ系)が好きで「警察官になりたい」と思ったことがあるくらい(笑)。だから、全然やりたくなかったんですけど、「雑誌に載ったら携帯を買ってあげる」と言われて「じゃあ、そこまでは頑張る」と。そこから、「ベスト50に入ったら」「ベスト30になったら」「本選に行ったら」と引き延ばされて続けて(笑)、気がついたらファイナルまで残っていました。
――(笑)。雑誌に載って、地元で騒ぎになったりはしなかったんですか?
かちょー:(地元が)田舎だったので、特になかったですね。オーディションの時は学校を休んで行ったので、あとから雑誌を見て「これで休んでたんだ」と少し驚かれた記憶はあります。
――自分から「雑誌に載ったから見て」ということもなく?
かちょー:目立つのが大嫌いだったから、むしろ誰にも見られたくなかったですね(笑)。携帯はほしいから残りたいけど、コンテストに出たりしないといけないのはイヤだっていうふたつの感情の板挟みでした。結局ファイナルまで行って、最後のステージでは辞めた空手をやったんですよ。「コンテストの前だけ練習してもいいですか?」って当時の道場の先生にお願いしたので、ちょっと気まずかったですね。でも、結果的に審査員特別賞になって、スカウトにきてた事務所に選ばれた理由も、空手をしてる時の姿と表情がよかったということだったみたいで。
――最初は携帯目当てだったのに、事務所が決まってしまうとその道から逃げられなくなりますよね。
かちょー:そうですね。とはいえ、高校進学のタイミングで東京に行く予定だったのが、手続きの関係で遅くなって、3年間地元の高校に通ったので。芸能活動が始まるのは高校卒業後なんですよ。その3年間は普通に高校生活を送っていました。
――その間、やっぱりやめようとはならなかったんですか?
かちょー:特に何も考えていなくて、とりあえず進路が決まってる状態の3年間みたいな感じでしたね。芸能活動へのやる気が芽生えることもなく、そのまま卒業後に東京に出てきて、事務所に所属して。仕事を振ってもらって、舞台に出たり、TVドラマに少し出たりしていたんですけど、いかんせんやる気がないからだんだん減るわけですよね。2、3年経ったところで「契約を更新するかどうか任せる」と言われて、自主的に辞める道を選んで、そこからはバイト生活でした。
――その頃のモチベーションはどこにあったんですか?
かちょー:なんだったんだろうなあ。「とりあえずバイトで生活できているからいいか……」と思いつつ、このままでいいとも思っていないような、変な状態でしたね。もう一回役者をするのもいいかなと思っていたなかで、バイト先の店長が替わって、新しく店長になった人と出会うんですよ。その新しい店長が「いつか自分の店を持ちたい」という夢を持った熱い人で。その人と話しているうちに、自分も目標を持ってしっかりやらなきゃ、という気持ちに変わっていきました。そのバイト先が芸能関係の人もよくくるところで、たまに事務所の人に声を掛けてもらったりしていたので、ちょっと火がついて。今度は自分でやると決めたんだから、ちゃんと役者という仕事に向き合ってしっかりやろうと思ったんです。
――店長さんにはどんなことを言われたんですか?
かちょー:別に説教されたとがではなく、自分の店を開いたら僕をその店で使いたかったみたいで、バイト方面で指導してくれました。途中から僕がもう一度役者をすると決めた時も、無理に誘ったりするわけでもなく、かと言って、そこで僕と向き合うのをやめるでもなく、ちゃんと熱く接してくれて。
――もう一度自分のやりたいことを見つけようと思った時、やっぱり役者だったんですね。
かちょー:そうですね。ちゃんと役者をもう一回やると決めてからは、舞台に出たら次の作品に声をかけてもらったり、それこそ“かちょー”の元になった『超電光スパークルZ』(チバテレほか)のオーディションが決まったり。ちゃんと向き合うと仕事って繋がるんだなと思いました。『超電光スパークルZ』は25、26歳だったと思うので、もう一回始めてからわりとすぐ決まった仕事でしたね。
「どうせ失うものは何もないんだから飛びこんでみようって」

――ただ、リアルピースに入った時のお話では、売れない役者で家賃も払えない状態だったとか?
かちょー:そうなんです。仕事自体はくるんですけど、それが安定した収入になるものではないうえに、舞台だと1カ月まるまる稽古でバイトができなくなるんですよ。2カ月連続で舞台が入ってしまったりすると、逆に生活は苦しくなっていくという。しかも、かずぅに声をかけられた時はちょうどコロナ禍で。さっき言った店長と出会ったバイト先も店を閉めることになってしまい、舞台とかの仕事もなくなり、さらに彼女とも別れ(笑)、もうまったく何もない状態だったんです。だから、どうせ失うものは何もないんだから飛びこんでみようって。
――せっかく役者の道が繋がっていたタイミングだったのに、コロナ禍に入ってしまったんですね。
かちょー:そうですね。バイト先は上京してからずっと10年以上働いていたところだったし、積み重ねてきたものが何もなくなってしまって。その時にかずぅから連絡が来たのは、ちょうど良かったと言えばちょうど良かったのかなと思います。あのタイミングじゃなかったら、「特に実績もないYouTubeは……」と断っていたかもしれないし、役者をやっていくほうを選んでいたかもしれない。
――かずぅさんからは、どんなふうに声をかけられたんですか。
かちょー:その数年前に、かずぅとはアクション稽古で出会ったんですよ。『超電光スパークルZ』は役者本人がアクションをしたりスーツを着て実際に戦うというコンセプトの作品だったので、アクション稽古に行っていて、そこで3、4回くらい一緒に稽古をしたんです。それ以来まったく連絡を取っていなかったのに、数年後にいきなり「久しぶり、何してる?」というDMがポーンときて。めっちゃ怖いじゃないですか(笑)。
――たしかに(笑)。
かちょー:「最初は変な勧誘かな?」と思いました(笑)。でも、とにかく何もない状態だったから話してみるかと思って「今、役者をやりながらなんとかやってるよ」みたいなこと言ったら、「今YouTubeやってるんだけど、家行っていい?」って。「家はちょっと……」と言ったのにゴリ押しで家まできられて、動画(「【新メンバー】神社好き!御朱印帳」)につながります(笑)。
――当時はかずぅさんとこーたさんしかいない状態で、動画としてもまだ十数本ぐらいしか公開されていなかったですよね。どういうところに心が動いたんですか?
かちょー:最初から「日本一になるグループを作る」というのは一貫して言っていましたね。それで、「おまえはいてくれるだけでいいから」と。喋れなくてもいいし――自分で言うのは微妙ですけど――イケメン枠としていてほしいという話でした。かずぅがもともとアイドルをやっていたから、もしかしたら歌やダンスもあるかもしれないけど、くらいの話だったんです。僕は歌もダンスも苦手なのを自覚していたので、「歌とダンスがあるならちょっと無理だよ」と言ったんですけど、「大丈夫、俺らはあくまでYouTuberだから! 歌とダンスはたまにやるくらいで、メインでやっていくわけじゃないから! YouTuberだから!」と言われて(笑)。「じゃあいいよ」ということだったんですけど、蓋開けたらめっちゃアイドルでした。はははは!
――誘い文句としては、第一にYouTuberだったんですね。
かちょー:そうです。ちょうどコロナ禍でYouTubeを観る時間も増えていたので、YouTubeをやってみたいなという思いはあったんですよね。たしかにおもしろそうだなと思って。


















