歌声分析 Vol.5:幾田りら 抜群の安定感と声の立ち上がりの速さーー言葉を“正確に届ける”ボーカル表現
「JUMP」に見る“クリア”な発声、「百花繚乱」「In Bloom」で示した新境地
『FIFAワールドカップ カタール2022』(フジテレビ系)の番組公式テーマソング「JUMP」(2022年)では、ロック調のアップチューンに対し、いきなりファルセットを繰り出す。なんとも大胆だ。スキルがなければできない技だろう。さらに全体を通して、極めてクリアな発声で歌唱している。幾田の声の立ち上がりの速さは、前述した通りに、子音と母音が同時にスタートを切れるということに起因しているが、子音のアタックが弱いわけでも、母音の発音を短くしているわけでもない。「JUMP」では、しっかりアタックがわかる子音の発声で、ロック文脈も見えてくるアプローチだが、そこにいわゆるロック的な濁音が入ってこない。シャウトではなく、ロングトーンを伸ばしていく。声量や瞬発力ではなく、トーンを用いることで、この楽曲の持つスピード感にエネルギーを加えているのだ。
最後にTVアニメ『薬屋のひとりごと』第2期 (日本テレビ系)第1クールのオープニングテーマである「百花繚乱」(2025年)をピックアップする。本曲を初めて聴いた際、テンポやメロディラインなど、それまでの幾田にはない新境地が出てきたなと思った。この曲で幾田は、Aメロでは語尾を跳ねさせる処理によって独特のリズム感を強調している。さらに歌詞に出てくる〈ハッと〉〈あっと〉という言葉。ここでは空気に溶け込むように、柔らかい発音でさりげなく“ポツン”と言葉を置くことで、この曲のキュートなフックとして機能させている。
同曲の英語版として、昨年末にフルアニメMVが公開され話題となった「In Bloom」では、日本語版の歌い出し〈ゆらゆらり/はらはらり〉の“り”の位置を英語では〈fluttering〉〈hovering〉と、最後の“g”を強めに発音することで、英語詞だと一発で印象付ける工夫をしているが、声の質や、滑らかな高音への移行はまったく変わっていない。彼女は、言語によって発声の思想を切り替えないのだと思う。この一貫性が、海外リスナーにも違和感なく届く理由だと考察する。
幾田りらの歌声は、感情の緩急で聴かせるタイプではないと思う。子音と母音が同時に立ち上がる確かな発声によって、言葉を正確に届ける。その安定感と機能性こそが、ジャンルや場の大きさに左右されない強さであり、今後も変化するフィールドの中で揺るがない存在感を示し続けるだろう。


























