一生、ガガガSP バンドが前に進む決意を固めた『桑原康伸追悼ライブ』【コザック前田終演後インタビューあり】

「今日、全部自分の中で決着がついたような気持ちです。こっからはまだ生きてる僕たちがやる番です!」
このイベントの主催であり、トリを務めたガガガSPのコザック前田(Vo)がライブ終盤に力強く宣言すると、会場に集まった2,500人の観客から「桑原! 桑原!」の掛け声と熱い拳が上がった。今年2月に急逝したガガガSPのベーシスト・桑原康伸を偲ぶべく、全国のファンが神戸・ワールド記念ホールに集結した『桑原康伸追悼ライブ』。ゲスト出演したBRAHMAN、四星球、マキシマム ザ ホルモンも桑原を偲び、この日限りのスペシャルなステージを披露。ガガガSPとして人生を全うした桑原の功績や人柄を称え、生きてる僕たちを〈死ぬまで生きてやろうじゃないか〉と奮起させた、熱狂の夜をレポートする。
「今日のメンツ、分かってるよ。なんか……うん、このメンツだったら俺たちじゃなくて峯田とか、スタパンとか、サンボの方がいいのは分かってる。分かってんだけど、桑原のご指名だそうなんで。胸を張ってやらせてもらえたらと思います」

ライブも終盤に差し掛かった頃、この日の意気込みを言葉にして伝え、大きな拍手を浴びたTOSHI-LOW(Vo)。トッパーとして登場したBRAHMANは、「PLACEBO」の魂込めた歌と演奏でライブの幕を開けると「恒星天」でガツンとギアを上げて、「SEE OFF」「露命」と、この日この場所で演奏する意味や意義を感じる楽曲たちを一曲一曲、胸を張って丁寧に届けた。
桑原とのエピソードを語ったMCでは、フラカンの武道館(2015年)でTOSHI-LOWがたまたま隣の席だった桑原に執拗に話しかけられて、「俺、悪ぃけどガガガ、大っ嫌いだから。特にコザック! アイツには言いてぇことあるからよ」と突き放すも、ニコニコしながら弁明してくる桑原を「そうすると闘う気が失せるっちゅうか。ドラクエに出てくる奇妙な踊りして、MPだけ持っていっちゃう妖怪みたいな」と、どろにんぎょうに例えて笑ったTOSHI-LOW。
その後、前田と直接話して打ち解けた経緯を語ると、「せっかく仲良くなったのにな」と桑原との別れを惜しみ、「俺の書いた曲なんてほとんどが生きて死んで別れるって曲なんだけど、その中でも強い別れのある曲を今日は選んでます」とこの日の選曲について説明。「その曲を作ってる理由っていうのが必ずあって。一生に何回かしかないかも知れないけど、かならずその曲の出番が来る。そんな曲を桑原に捧げます」と曲紹介して始まった曲は「旅路の果て」。たっぷり気持ちを乗せた歌と演奏で観客を魅了すると、スクリーンにはまさに息もつけぬほどに戦い続けて終えた旅路を辿るように、大好きなバンドマンたちと肩を並べて記念撮影する桑原の笑顔の写真が次々と映し出された。

ラストは2019年に同会場で開催された『MUSIC ZOO WORLD』に出演した際、同イベントの開催直後に亡くなった松原裕(ライブハウス『太陽と虎』)に「ガガガとやって欲しいんです。一緒に歌って欲しいんです」と懇願された思い出を語り、「30年前の神戸(阪神・淡路大震災)の姿を伝えるため、誰もが歌っていい歌なんだと思う」と「満月の夕」を披露。曲中、ステージに登場したコザック前田と歌声を重ねると、TOSHI-LOWの煽りに会場中の大合唱が起きる。追悼の意と平和への願い、ここからも力強く生きていく決意を込めた楽曲でライブを締めると、TOSHI-LOWと前田は固い握手を交わし、肩を組んで笑顔でステージを去った。

「なんで死んだんや! なんで死んでもうたんや、たーじん!」と、喪服姿の4人が田嶋悟士(ガガガSP/Dr)の遺影を抱えて登場するという、親密だからこそ許される不謹慎なジョークで始まった四星球。「彼(桑原)が不謹慎なギャグが好きやから、干されても良い覚悟で来ております!」と北島康雄(Vo)が笑顔の巨大桑原人形を指し、「桑さんが好きだった曲!」と紹介して「妖怪泣き笑い」でライブが本格スタート。曲中、フロアに投げ入れられた桑原人形が観客の頭上をぴょんこぴょんこと跳ねる光景もバカバカしくて笑ってしまう。

「桑さんはいろんな後輩バンドに「あの曲いいよね」って褒めるのが、とても上手な人でした。それで頑張れるバンドマンがいっぱいいて、僕らもそのひと組でした」と桑原への感謝を告げた北島が、フロアに降りて観客に囲まれながら熱唱した「クラーク博士と僕」で巨大な会場に連帯感を生むと、「追悼ライブでウォール・オブ・デスやっちゃう? ちょんまげ・オブ・デス!」とこれまた不謹慎なジョークでフロアをぐちゃぐちゃにした「ちょんまげマン」と続いて、〈桑原康伸追悼ライブ これからもガガガに付いてくよ 桑さんたくさんありがとう〉と歌詞を変えた「リンネリンネ」で、桑原への想いや感謝を届けた四星球。日本一泣けるコミックバンドらしい追悼に、オーディエンスも共に泣き笑った。

「さっき、BRAHMANが前さんと一緒に「満月の夕」歌ってるのを観て、桑さんは真ん丸でニコニコした満月になったんやなと思いました。宇宙の歌でみなさんと一緒に、桑さんに会いに行けたらと思います」と北島が呼びかけて、桑原が最後に可愛がった後輩バンド・古墳シスターズと一緒に会場を駆け回ってUFO呼びをした「Mr.COSMO」で最高潮の盛り上がりを迎えると、ラストは「生きてるってすごいなと思います! 長生きしましょう!!」と、渾身の歌と演奏で「薬草」を披露。コザック前田も飛び入りしたこの曲で、生きてることの素晴らしさを観客と分かち合い、ここからもエネルギッシュに生き続けていくことを約束した。

「全ての想いを込めて!」とダイスケはん(キャーキャーうるさい方)が叫び、「Whatʼs up,people?!」の極悪サウンドと咆哮で会場を地獄に叩き落として始まった、マキシマム ザ ホルモンのライブ。重厚なビートでヘドバンの波を起こすと、「言いたいこと山程あるけどアイツに、あの男に届けたいんじゃあ!」と言葉にならない気持ちを楽曲で表現すべく、マキシマムザ亮君(歌と6弦と弟)のギターイントロで始まった曲は「ぶっ生き返す!!」。ガガガとホルモンの付き合いは長く、資料を見ると桑原の加入(2001年)直後にはすでに対バンしていた両組。尋常じゃない熱量で放つステージからは、追悼の意と同時に無念さや口惜しさも感じて、「魂を鎮めるって意味の“鎮魂歌”の反対語で、魂をぶっ生き返すって意味の言葉って何だろう?」と頭の中で考えていた。

「追悼ライブっていうことで来たけど、正直ホントに実感湧いてなくて」と始まったMCでは、「たぶん、本人が一番実感湧いてないと思うし、たぶんいると思うんだ。いつものはにかんだ感じの微妙な笑顔で、今日もここにいるんじゃないか?と思ってます」と語ったナヲ(ドラムと女声と姉)。「桑ちゃんとはいろんな場所でいろんな思い出があるから、一緒にぐちゃぐちゃになったライブハウスのあの空気で桑ちゃんが思い切り楽しめるように。桑ちゃんもおまえらも、思い切り楽しめよ!」とナヲが告げると、「ワールド記念ホール! 全員、青春を謳歌せよ!!」とダイスケはんが叫んで始まった曲は、ガガガと出会った頃にリリースした「アナル・ウィスキー・ポンセ」。

さらに「セフィーロ・レディオ・カムバック~青春最下位~」「スゥイート糞メリケン」など、初期の名曲が連投された中盤戦。攻撃的なステージでフロアをぶっ掻き回して、大会場をライブハウスの空気に変える。ガガガSP「はじめて君としゃべった」をブリッジに「初めてなにをしゃべったか? 正直、覚えてないけど」と、ダイスケはんが桑原との思い出を漫談調に話したMCを「“線香花火”のように優しく温かく燃え上がった桑ちゃんと俺たちの歩みは、絶対に“卒業”しません。なぜならば、桑ちゃんと過ごした全ての思い出が、俺たちの“シミ”となって残っているから!」と綺麗にまとめると、「今宵は桑原康伸を称え、俺たちとお前たちと桑ちゃんの熱いシミをさらに残すしかないやろがぁ!!」と「シミ」を投下。

真っ赤なライトに照らされた観客がヘドバンを合わせる姿に神儀的な禍々しさも感じた「シミ」で再び熱狂を生むと、「桑原に想いを込めて、デカい声聴かせろ! 叫べ、全てを込めて!!」のダイスケはんの絶叫から、ラストの「握れっっっっっっっっっ‼」へ突入。桑原と同じベーシストである、上ちゃん(4弦と歌とDANGER×FUTOSHI)のデンジャーなパフォーマンスが餞にも映ったこの曲。観客のどデカい合唱で桑原を弔うと、「桑ちゃんありがとう! また遊ぼうぜ!!」とナヲが告げてライブを締める。こんなこと言うと、チープになってしまうかも知れないが、同じ時代を生き、共に闘ってきた仲間からの愛情や友情や敬意が、言葉を超越する歌や演奏、パフォーマンスからビシバシ伝わってきたこの日のステージを観て、「ライブって素晴らしいな」と再確認したし、「バンド仲間っていいな」と羨ましく思った。

そして、いよいよ大トリ。ステージ上のベースの立ち位置に桑原が愛用していたベースと等身大パネルが設置されて、ワールド記念ホールの大舞台にガガガSP登場! SEと観客の盛大な拍手に迎えられて、田嶋悟士(Dr)、山本聡(Gt)、そしてサポートベーシストのミナトマチよねだ(Ba)がスタンバイすると、桑原を含む4人のガガガSPのイラストがプリントされたタオルを掲げたコザック前田が登場。センターに立った前田はひと呼吸置いて、「BRAHMAN、四星球、マキシマム ザ ホルモン。この3バンドのライブを観て、今日で自分たちの中でも桑原に対する決着がついた気がします」と噛み締めるように語った。
さらに「こんだけのイベントが桑原のおかげで出来て、桑原のためにこんだけ集まったんですよ。そう考えたらアイツは最高の人生やったと思います、ホンマにありがとうございます」と感謝を告げて。桑原との初ステージとなった2001年11月3日、京都メトロでのPOLYSICSとのライブを振り返り、「その時、最初に旦那(桑原の呼び名)が入って演った曲をやらせてもらってよろしいか!?」と告げて、気合い十分の歌と演奏で始まった1曲目は「青春時代」。会場中が掛け声を合わせた「これでいいのだ」、〈いつだって直球勝負だ〉と本気で生きることを誓う「直球勝負の男」と続き、序盤からフロアをぐちゃぐちゃに掻き回して。「もともとは桑原に教えてもらって、カバーしようと決意しました」とこの曲を歌うことになったエピソードを語り、山本のギターで始まった曲は「満月の夕」。

震災時の神戸を描いた鎮魂歌であり、希望の歌である「満月の夕」。会場中が共に歌い踊り、♪イヤササ!の合いの手を合わせる光景は希望に満ち溢れており、その光景を笑顔で眺める前田の心には、この曲と桑原の良き思い出がまたひとつ刻まれたはず。続く「国道二号線」では、山本とミナトマチの奏でるフレーズに「この歌も旦那と何回演奏してきたんでしょうね? みなさんの思い出の中に、ガガガSPの曲が一曲でも残ってくれてることが、僕らにとってはありがたいことなんです」としみじみ語った前田。「いまやからこそ、今日来てるみなさんに言えますよ。〈あぁあんたらよ幸せになれ〉と」と告げると、その言葉通りに観客一人ひとりに向けて力強く丁寧に歌を届けた。

「桑原が亡くなっても、バンドを続ける決意をしたっていうことを、みなさん理解してくれてると思うので。続けて良かったです、ありがとうございます」と語ったMCでは、「2月5日に桑原が亡くなって、その日のうちにメンバー3人集まって「バンドをどうしていくか?」を相談しました。それでたーじんとやまもっちゃんがどういう風に言うかな? と思ったら、「次、どうやってく?」って話になって。「まだガガガSPをやっていいんや」と思いました」と、桑原の逝去後のエピソードを明かした前田。

「桑原は44歳という若さで亡くなったけど、ガガガSPとして人生を全うしたわけです。そう考えたら、僕らもガガガSPで人生を全うさせて下さい!」と観客に訴え、「桑原が亡くなったことによって、ひとつだけ目標が出来ました。“売れなくても売れても一生続けていく”ということですよ!」と力強く宣言。「飾っとくだけもアレやから」と指示されたミナトマチが桑原のベースを構えると、「シンドいことがあっても、音楽があれば笑っていけるんじゃないですか? そんな歌を歌わせて下さい」と「ケセラセラ」を披露。〈笑いながら全部気楽にいこうぜ〉の歌詞に手を振り応える観客に、たくさんの笑顔が溢れる。

代表曲と言える「線香花火」で着火してフロアの熱気を急上昇させると、ライブは終盤戦。「桑原が教えてくれました、〈死ぬまで生きてやろうじゃないか〉と! そら、やってる限りはなるべくやったら売れたい。でも一番大事なのは自分が与えられた寿命まで、おもくそ生き抜くということです。それを桑原はやってくれました。だから僕たちも、死ぬまでガガガSPをやってやろうじゃないか!」と始まった曲は「晩秋」。いつも以上の熱量を放つ、激しくアグレッシブな歌と演奏で圧倒すると、本編ラストとなる「弱男」を会場中で大合唱。拳を突き上げ声を張り上げ、一人ひとりが生きてる喜びを実感する中で本編をフィニッシュ。「これからもただ、やっていくのみです」とひと言告げた前田の表情は、実に清々しかった。
アンコール替わりの「弱男」の観客の大合唱に、再びステージに登場した4人。「旦那の名曲をやらせてもらいます、やりましょう」と始まった「はじめて君としゃべった」ではスクリーンに桑原がベースを演奏する姿が映り、さも一緒に演奏しているかのような演出が観客の胸をギュッと締め付ける。そして、「今日、友達もたくさん来てくれて、対バンもいっぱいいます。良かったら出てきて下さい!」と前田が呼びかけ、『桑原康伸追悼ライブ』もいよいよエンディングへ。前田の呼びかけに即座にステージに登場したのが、森田剛史(セックスマシーン)とメガマサヒデだけだったのは笑ってしまったが。その後、ちゃんとこの日の出演者たちがステージに出揃い、最後は「にんげんっていいな」の大合唱で賑やかに大団円。演奏後、一人ずつメンバー紹介をした前田は「ベース、桑原康伸!」と高らかに叫ぶと、観客から自然発生的に起きた割れんばかりの桑原コールを浴びながら、天を仰いだ――。

「今日、全部自分の中で決着がついたような気持ちです」と前田が語っていたが、僕が終演後に思ったのは、デビュー時からガガガSPを追い続けていた僕もそうだったように、会場にいた人はみな同じ気持ちだったんじゃないかということだった。メンバーはもちろん、出演者も観客も「実感が湧かない」という気持ちも含んだ、それぞれの想いを持ち寄って会場に集まって、出演バンドが楽曲や言葉に込めた想い、熱いファンの気持ちを自分なりに受け取る中で、みんなに愛されていた桑原の姿や功績を振り返って、ひとつずつ気持ちを整理することが出来た感のあるこの日。
そして、桑原のいないガガガSPという現実を目の当たりにした時、「あぁ、本当にいないんだ」とようやく実感して、改めてその死を悲しみ悼む。追悼とはそういうことなんだろうと思ったし、ライブという形式で追悼の場を作ってくれたのが本当に嬉しいと思った。音楽を通じて桑原の死を自分なりに消化して浄化して、前向きな気持ちになることが出来たこの日。終演後、会場の外に設置された献花台で手を合わせて「桑ちゃんありがとね」とお礼を言って。全部決着を付けて、一生続けていく覚悟を決めたガガガSPをここからも見届けようと思ったし。自分自身も桑原のように与えられた寿命まで思くそ生きたいと思った。死ぬまで生きてやろうじゃないか。























