稀羽すうが連れ出す“夜のドライブ” 内なる感情を自由に解き放った2ndワンマンライブ

稀羽すう『ドライブ・イン・シアター』レポ

 終演後のフロアには、ミッドナイトグルーヴのスモーキーな残り香が漂っていた。この日披露されたオリジナル曲、カバー曲のすべての曲に通う一本の線。その線こそが、Vsinger・稀羽すう(読み:うすわ すう)の“心に生まれた温度”そのものだった気がする——。

稀羽すう『ドライブ・イン・シアター』ライブ写真

 バーチャルタレント事務所 Re:AcTがSUPERNOVA KAWASAKIで主催するイベント『Re:AcT 2days Live - Crossing Voices -』の一部として、10月4日に開催された稀羽すうによる2ndワンマンライブ『ドライブ・イン・シアター』。“夜のドライブ”がコンセプトになっている2ndアルバム『Dive iN』(7月30日リリース)を携えた本公演は、同時オンライン配信も行われ、1st EP『ONE LDK』から2ndアルバムまでの世界観が凝縮されたステージとなった。

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 大スクリーンに、稀羽が出演するコミカルなTOHOシネマズ マナームービーを模した映像が流れる。開演ブザーが鳴ったのち、早速ドロップされた「Starry night」は、深みのあるサウンドとは裏腹に外へと連れて行くパワーに満ち溢れた曲で、大量のワイパーが客席に発生。そこで、“エンジンの回転速度”を加速させていったのが、ムーディな「Bunny Girl」(AKASAKI)だった。

稀羽すう『ドライブ・イン・シアター』ライブ写真

稀羽すう『ドライブ・イン・シアター』ライブ写真

 今回のライブタイトルにもなっているドライブインシアターとは、屋外に設置された大スクリーンを前に、車の中から映画を鑑賞できるシネマ施設のことを言う。稀羽と映像が一体となった大スクリーンを照らす、天井トラスに並んだネオンカラーのムービングライトと観客のペンライトによる光の効果も相まって、確かに車中から大スクリーンを見つめている感覚にもなった。

 メロウな「いたいのいたいの」ではブレス多めのエアリーな歌唱が、ここでしか聴くことのできない特別感を描いているように響いていたのもよかった。日常で起こる些細な感情の気づき。その一つひとつとちゃんと向き合って、優しい日々を重ねていく。ゆるやかな歌声はそんなありふれた日常の景色を描いている。

稀羽すう『ドライブ・イン・シアター』ライブ写真

 ドラマティックに曲が羽ばたいていった「ナラタージュ」からは、ダンスチューンのブロックへと流れたのだが、ファンキーでベースラインの引き立つダンサンブルな「DRESSING ROOM」(なとり)のカバーには、フロアから歓喜の声が上がり、彼女の選曲センスに対する確かな信頼も感じられた。まさに、ドライブ中に聴きたくなるグルーヴ感のある2曲がここで揃う。息遣いを聴かせる繊細な歌唱から、衝動性を持ったエモーショナルな歌唱へとシフトする痛快さ。そこに共存していたのは内から外へと向かう響きだった。

稀羽すう『ドライブ・イン・シアター』ライブ写真

 映像にウイスキーが置かれたバーテーブルとバーチェアが現れ、サングラスを掛けた瀟洒(しょうしゃ)な稀羽が登場した「Burning Friday Night」(Lucky Kilimanjaro)でも、相変わらず、洗練された選曲のよさが際立っていた。ミラーボールの光の粒子がフロアをデザインする空間。センチメンタルな気持ちが生まれるどうしようもない夜に軽快なビートの上で踊って乾杯。そういう内省的なところから時に解放されたくなる気持ちが、彼女の歌う曲には存在する。スムーズで落ち着いたフロウが楽曲のチルな雰囲気に寄り添った「琥珀色の街、上海蟹の朝」(くるり)にも稀羽の声にしか出せない“粋”があった。

稀羽すう『ドライブ・イン・シアター』ライブ写真

 2ndアルバムのコンセプトを振り返って気づいたのは、夜を“ドライブ”する行為が、“踊る”ことと同じ自由を描いている、ということだ。「思い出とペトリコール」を聴きながら、そんなことをふと思った。1st EPで描かれた内なる感情を引き継いで、2ndアルバムが掲げたコンセプト——心を解き放つこと——は、披露された全曲にしっかりと息づいていた。

稀羽すう『ドライブ・イン・シアター』ライブ写真

 YouTubeのチャンネル登録者数が10万人に達したことについて、フロアと喜びの感情を共有してから、「普段、酒飲み配信もしているわけですから、ウイスキーっぽい曲を選曲させていただいたりとか……」と話し始める。「喉が乾いた」と漏らし水を飲む稀羽に、「ハイボール!?(笑)」と尋ねる観客たち。その声を横目に、「配信でも同じコメント来てるしね……水に決まってんだろ、ボケー! まったくなめすぎ、私のことを!」と快活に返す。その潔さが、なんとも心地よく痛快だ。

稀羽すう『ドライブ・イン・シアター』ライブ写真

 さらに、本編ラストの「seaglass」は、これまでの曲を通して浮かび上がってきた“内から外へ”というメッセージが、1曲の中で見事に完結している曲だったが、それを歌う前にも彼女のユーモアが弾け飛んでいたのが印象的だった。「そうだ、(曲に入る前に)座るんだった! 座りまーす! よいっしょ」と声を上げた途端に起こる歓声と大きな拍手。「うわー! 座っただけで歓声が沸いちゃうなんて、人気者になったものですわ!」と稀羽。この生活の温度に近い距離感が、心の内と外との隔たりを和らげているようにも思えた。会場限定で動画撮影が許可されたアンコールの「Mornin’ Bell」、会場限定の「孤独とランデブー」(サンボマスター)まで貫かれていたのは“踊る”というテーマ。ライブが終わったあとも、あの夜のすべてが、まだ踊り続けていた。

稀羽すう『ドライブ・イン・シアター』ライブ写真

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